今日も今日とて書いてゆくのだが、少し進みの悪さに思うところがある。

 「どんな風に世に出てきたいか?」
 「どの様に世に出していくか?」

 これらについて考えたこともなかったのでイメージが固まらない。それらについて考えていると人気だったり認知だったり、他のことに意識が向いて本題から遠のいてしまっている気がする。
 日々の生活の中でこれらをぼんやりと考えているのだが、今日も

 「『お金を得る』を目的に物事を進めていくのは如何なものだろうか?お金は副産物であって主ではないのだからお金を追うと危ういのでは?」

 と、いった具合にまたしてもイメージを固める道から逸れてしまっている。まぁだからといって落ち込んだりはしていない。ただ純粋に

 「もっと早く」

 そういった焦り?イメージを具現化したいという想いから、進みの遅さに辟易しているのかもしれない。しかし気になるものは気になる。なので自身の疑問を「物語」に落とし込んで考えていくか。






【寓話 お金は副産物】



 とある街に一人の青年が居た。彼はパンを作るのが大好きで、自分が作ったパンを人々が美味しそうに食べてくれることに幸せを感じていた。

 ある時青年は思い立つ。

 (自分が作ったパンで人々を笑顔にしていきたい。そしてそれを生業にして生活の基盤を整えたい)

 青年は考える。どうすれば自分のお店を立ち上げ、そこで収入を得ることが出来るのかと。

 しかし考えれば考える程話が難しくなっていき、それに比例する様に物事は進まなくなっていった。若干の焦りを抱えつつも思考を巡らせていく中で青年はふと思った。

 (何だか話が難しくなってきちゃいないか?お金を得ようって考え始めてからどうにもおかしいぞ)

 最初は自分のパンで親しい人たちが笑顔になってくれたらそれで満足だったのに、お金を得る事を考慮し始めてからどうにも気が乗らなくなってきてしまった。

 困り果てた青年は街はずれの小高い丘に住む老人の元を訪ねることにした。




 小高い丘の上には小さな木造の家があり、ここには老人が一人で住んでいる。家の周りには多様な植物が生い茂り、季節によってその衣を変えて見る者たちを楽しませている。今は丁度衣替えの季節であり、小さな新芽たちが日の光を沢山浴びて伸び伸びと育っているところだ。

 少し冷たい風の中に春の兆しを感じながら家の扉に向かうと、小窓越しに先客が居ることに気がついた。

 会話の邪魔にならない様、そっと中の様子を伺うとそこには若い娘が居り、自身の大切な話を老人に打ち明けているようだった。

 (邪魔しちゃ悪いな)

 娘の意識を阻害しない為にそっと窓辺を離れ、話が終わるまで老人の庭で待たせてもらうと考えていると、離れる間際に老人と目が合った。

 老人は娘の話を聴きつつも青年に眼差しを向け、片目を瞑って後程青年の話を聞くこと了承した。



 
 小さな木造の家の裏に周ると、少し大きな池が広がっていた。水は池の底が見える程透き通っており、対岸には鹿の親子が池の水を飲みに来ているのが見えた。

 娘の話が終わるまでの間、青年は池のほとりを散歩しながら相談する内容を整理した。

 (自分の好きなことでお金を得ることに抵抗がある。お金は副産物であって主要な目的ではない。しかしお金を得ないことには生活が成り立たないのもまた事実だ。気がつけばお金を稼ぐことばかり考えてしまっていて、自分でもどうすれば良いのか分からない)

 改めて整理してみると、なんとも言い難い行き詰まり感が青年の胸の中に広がった。輝く太陽が灌木の葉を一枚一枚優しく撫でつけ、池の水面を幾何学模様の如く変化させ彩って魅せても、視線は虚空を見つめ眉間には皺が寄っていた。

 






    続く


 



 



 途中で途切れて申し訳ないです!
 ちょっとばかし時間の配分を間違えてしまい、中途半端なところで途切れてしまったんですけど、

「今日の、思索」のコンセプトである、

 「僕の脳内垂れ流し」

 に準じて、半端なままでもアップする事に決めました!

 現状の僕の力量だと、短時間で物語を書き上げるのは難しいですが、続けていればいつかスムーズに書けるようになると思うのでこのまま頑張っていこうと思います!



 成長してゆく僕をどうぞお楽しみに👋

 あ、今回の物語の続きもちゃんと書いていこうと思います!
 完結目指して頑張ります💪




 本日も読んで頂きありがとうございます!

 また次回の記事をお楽しみに👋