長年、工場で縫製をされていたという

強者なマダム達と知り合ってから

4半世紀近いということに気がついた

 

最初に教えを賜ったかたは

アチラの世界へ行かれたのも20年くらい前?

お師さんとマダム達も崇め奉るかたでした

 

んで このお師さんのお弟子となるマダム達

ええ 幾人かはアチラですけどもね

でも まだ コチラにて順番待ち(マダム曰く)も

多数おいでなので 今のうちにと

アレコレとお話を聞かせていただいています

 

いまの[ 工場縫製 ][ 工業縫製 ]と

呼ばれる環境のお仕事と

マダム達が縫ってきた環境はチガウとこも

多いそうでしてね

 

入社して 待ち針は5本しか与えられず

退社時は それを返却しなくてはイカンとか

 

一本の針を長く使うために

いかに効率よく布回しが出来るかとか

糸の無駄を減らすために返し縫は2針とか

 

経費と効率をとても大切にしていたと

何度も聞かされてきました

 

そのなかで 笑ったらアカンけど

クスっとを越えて 呼吸困難になったネタをひとつ

 

コレクション用のサンプルを依頼され

渡された生地が エゲツナイものだった

 

1回でも失敗したら穴が開くような

押さえ圧を間違えてもイカンし

重なりが多いところは恐怖

 

糸も 生地の都合上 ヘッピリ弱いもの

なのに直線が長いし多い

 

受けてきた営業を罵りながら

縫い上げられてましたけどもねって

軽く言ってたんだけど

 

お師さんは どうやって縫ったんですか?って

聞いたらさあ

 

[ ノリ(フエキくん)で固めてな・・・ ]

 

フエキノリをね

仕上がり線ギリギリ内側に

爪楊枝で細くホソ~ク細く塗って

その横を縫い上げたんだそうよ

 

その 細く塗るってのを

新人達が瀕死の表情で手伝い

塗り終わったものから

お師さんが一気に縫い進める

 

1ミリもズレることなく縫うため

新人達も ヨレルことなく塗らなくてはならず

その日は全員充血した眼で定時を迎えたそう

 

翌日 数人は血走ったままの眼で出勤し

営業は点眼薬とユンケルを大量に差し入れた

 

んで サンプルは納品したものの

デザイナーさんのチェックが済んで

最終的なご依頼のときには

全く違う生地で同じデザインというオチ

 

お師さんは デザイナーさんを呼びつけ

静かに とても優しく語りかけました

[ 現場知らずは困るわねえ ]と

 

この話しを聞いてるとき

思い出に浸ったお顔組と

ゲラゲラ笑って涙流す組に分かれてて

 

ええ ご想像の通りですわよ

私たちがジゴクをみたもの

でも 先輩達も大変でしたよ

私達の分まで請け負って

納期に合わせていましたからね

 

先輩達もね

 

彼女達は英雄ですよ

あの地獄を脱落せずに突き抜け

翌日も出社して縫ってたんだから

 

当時は週休2日などなくて

土曜日まで目を休めることなど出来ず

日曜日もおうちのことをこなし

月曜日を迎えて働いていた

 

休憩時間には 勇者たちのために

率先して営業どもが

茶を入れ肩を揉み

甘いものを差し入れたものです

 

遠い目をしていう貴女達は

本当に偉大デス((´∀`*))