あるアパートに、さまざまな「水類」の音を聞きわける男がいた。小泉錦一は、名人級といってもよいほどの特殊な能力の持ち主だった。たとえばいろいろな川の水の音を聞いたり、匂いを嗅いだりすることでどこの川の名前か当てられる。それだけではなく、ペットボトルの水を飲むだけでその名前がわかるのだ。また、水滴の温度なども感じることができる。まるで水ソムリエである


ある日、アパートの右隣りから水類の滴る音が直感的に違うように聞こえた。錦一はそれは生温かい血液が滴っていると思った。その部屋は誰も入居していないはずなのに連続するので、管理人を呼んでチェックしてもらうことにした。彼も管理人も驚愕した。誰もいないのに、畳の上で血液がやや吹きだすように滴っているからだ。彼の直感が当たっていたのはいいが、これは事件性があるのかどうかわからない。慌てた管理人は警察へ電話した


現場検証が行われた。一番疑わしい畳の下を調べたが、なんの異常もない。吹きだす血液は自然に止まっている。警察は管理人との事情聴取で、事故物件ではないことや不法侵入などがなかったことも把握確認した。錦一も事情を訊かれたので自分の特殊な「能力」について話したものの、特段のお咎めはない。むしろ警察は、彼のそれについて興味を示しているようだ。鑑識班からは血液型はわかるかと訊かれたが、さすがにそこまでは無理だった


それから二、三日後の夜のことである。アパートへの帰り道の途中で、錦一は弱々しい街灯の下で若い小綺麗な女に声をかけられた。その節は助けていただいてありがとうございました、というやいなや彼女は踵をかえして暗闇のなかに去っていった。彼は唖然としたまま、どこかで見かけたような気がするなと思いながらうしろ姿を見送った





◾️憩いの準動画


水類





◾️出典:Yahoo画像







◾️お楽しみいただきまして、ありがとうございました。次回作は暇がかかるかもしれません