好ましいひとがピアスをくれた。



送る側が贈るものだと思っていたけれど、

送られる側が贈ることもあるんだね。



誰かに何かを贈る行為は

私の自我を押し付けることのような気がして

少し苦手なのだけれど


誰かに何かを贈られることは

その人の自我を見せてもらえる行為に思えて

とても嬉しい。




自意識が過剰。


おこがましいと思うこと自体おこがましい。




わかっているけど恥ずかしくて

迷惑かもしれないと口実をつけて

自分の心をあげることから逃げてきた。





贈り物のピアスにはお手紙が添えられていた。


『えいもさんの言葉選びや物事の捉え方が好きで

    お話するのが楽しかったです。』



......



「えいもちゃんの好きなタイプは

    同じテンポでお話ができる人。」



そっか。ほんとだね。



私は好ましいひとと お話するのがすきだった。

私が楽しいと思うことは、必ず楽しそうに聞いてくれたし、

その子の話を聞くのが本当に楽しかった。



これからも一緒にお仕事できたら、

となりにいてくれたなら、

私の人生はきっと楽しいだろうなと

ぼんやり思っていた。



これは、恋ではない。

けれど、やっぱりとても好ましいひとだった。



過去形にするにはまだ早いな。



これからは先輩後輩、上司部下じゃなくなるよ。



お友達になってくれるだろうか。


私の自我を見せても良いだろうか。



何を贈ろう。

好ましいあの子に似合うプレゼント。



何を贈ろうかな。

想像するだけで笑顔が浮かぶよ。好ましいひとよ。







出会えて良かったな。






って。



ちゃんと本人に言うんだ。