夢がありました。
なりたいものがありました。
なりたいものになるためには
感受性が豊かでないといけないと思いました。
幸せと不幸せ、どちらも経験しなければならないと思いました。
不幸せではなかったので、
不幸せだと思い込むことにしました。
誰かに傷付けられたいと願いました。
誰も傷付けてくれなければ
相手を傷付けてでも
自分が傷付く形を望みました。
なりたいものになるための手段が
いつしか生き方となり
ひととの付き合い方となり
夢を諦めてなお
傷付くことだけを求めるようになりました。
そこには、自分しかいませんでした。
相手の瞳に自分を映して
ただひたすらに瞳を覗き込んでは
相手を見ているつもりになっていました。
夢があったことを思い出しました。
そして、夢やぶれたことを思い出しました。
不幸である必要がどこにもないことに気付きました。
そもそも、夢のために不幸にならなければならないという発想自体が間違っていました。
土台からやり直しです。
夢があってもいいです。
なくてもいいです。
ひとりで生きてはいけないです。
ひとりで生きてはいけないです。
ひとがいます。自分とはちがうひとがいます。
どちらも笑っているのがいちばんです。
想像力と感受性はそのためにあるべきです。
やさしさは他者がいてこそ生まれるものなのです。
やさしい人になるのが夢です。
なりたいものになるために
生きます。