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前回からの続き→→→


 親基準で動いていたのが、大きくその後の私の人生を左右し、仕事について早い時期に役職に付けば親が喜ぶ。 もう少し周りを見渡せば、気が合う方がいたかも知れないのに、職場の人の紹介で出会った人を運命の人と思い込み、付き合い始めるも、4年過ぎても結婚に至らず、親からのプレッシャーの焦りから同棲生活をこちらから希望。 もともと結婚願望無かった夫は、その頃から既に不貞行為をしていたようだが、私は私で仕事が忙しく、すれ違い生活で、結婚前に不貞行為に気付けず。 これまた4更に年過ぎても結婚に至らず、夫の親からのプレッシャーも加わり、出会って8年後、ようやく結婚。 親が喜ぶ。 よし、これで後は孫を見せる事で私を評価してもらえるんだという歪んだ思いに突き進むも、中々授からず。夫は子どもを望んでなかったので。。。  私はというと、子どもだけは、夫と出会う前から、出来れば早くに欲しい願望があった。 でも、夫は勿論協力的ではなく、私も中々授からず不妊治療を開始。 不妊治療に一生懸命なのは私だけで、夫が必要な項目も協力してくれないので、中々授からなかった。 そんな折、私の父が急な大病発覚。 実家、病院と仕事との往復の日々を送る。 その間、夫は何度も不貞行為をしていた。

父が闘病の末、亡くなり、孫を見せれなかった後悔と、父が孫と遊ぶためにも貯金をしていた事実を亡くなった後から知り、大号泣。 泣きながら夫に頼み込み、不妊治療に冷めながらも協力してもらった。 その後すぐ、私のきょうだいと、夫のきょうだいの、子どもが「できちゃった」が発覚。 私達の結婚で出会ったきょうだい同士は、付き合い始めていたようだが、結婚は考えてなく別れるかもと聞かされていた瞬間の妊娠報告。  望んでも授からない私にはとても辛い状況だった。 その後、きょうだいが出産し、しばらくして、ようやく私のところにも待望の我が子が来てくれた。 治療も妊娠発覚もはじめての通院も、1人で行った。 

私の妊娠中も、夫の不貞行為はこっそりと続き、私へのDVも増えた。お腹が大きくなってきても、機嫌が悪いと目の前でわざとタバコを吹きかけ、お腹を蹴ってきた。もう、十数年前の事を昨日のことのように覚えてる、その時の怖い表情も。

当時、なんで離婚できないんだろう。というか、私は離婚しちゃいけないんだ。離婚したら親が悲しむ。離婚とか思いつく事自体、私が夫の機嫌を悪くして、私が全て悪いんだ。 「お前は凶だ。この寄生虫が。テメーみてーなバカ女が社会に通用しない」と、妊娠して仕事を辞めた瞬間、毎日のように言われ続けてきました。親には、「私が夫の機嫌を悪くしてて私が悪いのに、夫がこんな私といてくれてる」とか散々な立て方をして自分の気持ちなど全てが私が悪いんだと、しっかり思い込み、自分にどんどん自信を無くしていきました。



続く→→→