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青梅街道 大勝軒 杉並

南阿佐谷駅のすぐ側にある


『大勝軒』です



えいきょうのブログ


阿佐ヶ谷の地でランチする場所を

探したところ

白黒の看板が目に飛び込み

店内に

吸い込まれてしまいました



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『大勝軒』と言えば

本店 東池袋が有名ですが

以前

上野店には行ったことがあります




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やってまいりました

「特製もりそば」 900円


チャーシューが大振りで

少し食し辛いですが

上野で頂いた時以上に

美味しく感じます


雪谷大塚 らあめん 葉月

雪谷大塚にあります

『らあめん 葉月』 です



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最近ラーメンデータベース

でもランキングでも

東京の上位にのぼりつつある

お店です


到着したのは

土曜の13:30頃でした

「ラッキー!」

「誰も並んでない」

と思いきや


中に入ると

10ほどのイスが満席の上

待ち人がプラス3名


仕方なく外に出て

待つこと10分ほどして

ようやく中に潜入できました


そしてまた中で待ち

座れたのがプラス10分


注文してからまた10分


周りの方々は普通の

「らあめん」を頼んでいる方が多いようですが


私はつけ麺研究家の為

つけめんを注文いたします


ようやくありつけました


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『特つけめん』 300g 1000円




ファーストインプレッションは

なんと・・・

見たこともない程の

ぶっといメンマです

私の親指くらいの太さはあるでしょうか?




個人的な感想・・・

「人それぞれでしょうが

麺の上にのっている

水菜はいらないと思いました

それ以外はベリーグー」


今度注文するときは

水菜ヌキで頼んでみようと思います


住所

東京都大田区雪谷大塚町11-8

興徳王鸚鵡条

『三国遺事』紀異・興徳王鸚鵡条


第四十二興德大王 寶暦二年丙午卽位

未幾有人奉使於唐 將鸚鵡一雙而至

不久雌死 而孤雄哀鳴不巳

王使人掛鏡於前 鳥見鏡中影

擬其得偶 乃啄其鏡而知其影

乃哀鳴而死 王作歌云 未詳



新羅第四十二代、興德大王は

宝暦(唐の敬宗の年号)二年丙午(八二六年)に即位した。

幾ばくも経たないうちに唐に使臣となって行った人が、

鸚鵡(おうむ)一つがいを持ってきた。

やがて雌は死に、

ひとりぼっちになった雄が哀しんで鳴き止まなかった。

そこで王が鏡を前に置かせたところ、

鏡の中の影を見て、連れかと思って鏡をつつき、

やがてそれが影であることがわかると、

悲しみ鳴きながら死んでしまった。

王が歌を作ったといわれているが、

伝わらず内容が分からない。




興徳王 – Wikipedia より


興徳王が826年10月に即位した後、

12月には王妃の章和夫人が亡くなり、王は大変悲しんだ。

群臣は後妃を入れることを進言したが、

王は「つがいの鳥でさえ相方を失って悲しむというのに、

私にとっての良い伴侶を失って、

どうしてすぐに再婚するなどという無情なことができようか」といって、

後妃を迎えようとはしなかった。

また、後宮の侍女を近づけることもせず、

王の左右にはただ宦官だけがいたという

(『三国史記』新羅本紀・興徳王即位紀)。


王妃を失った悲しみをつがいの鳥に喩えたことについて、

『三国遺事』紀異・興徳王鸚鵡条には、

次のような説話が伝えられている。


王の即位後に、唐から帰ってきた使者が鸚鵡ひとつがいを連れていたが、

やがて雌鳥が死んで残された雄鳥は悲しんで鳴きやまなかった。

雄鳥の前に鏡を置かせたところ、

雄鳥は鏡に映る姿を見て雌鳥が戻ってきたと思って鏡をつついたが、

鏡に映った自分の姿であると気付くと悲しみ鳴きながら死んでしまった。

これを見て王は歌を作ったというが、

どのような内容であったかはわからない。

九月山別曲 柳穎 應製(和訳)

九月山別曲 柳穎 應製(和訳)

柳穎 良度公 大丞公14世 檢漢城公派

世宗5年(西紀1423年)永楽譜編纂を記念し詠まれた詩である


1章

檀君が神化し、入って行った九月山と、

滔々と流れる三支江は儒州の景勝地として有名である。

中国の後粱(907~923)末、

高麗建国当初に柳氏がここに家門を起こすと,

文簡公(柳公権)をはじめとし、

文正公(柳璥)、貞愼公(柳陞)、章景公(柳墩)が

代々封公(高位官職)になった。

嗚呼、善行を重ねた家は子孫代々に慶福があり、

その名を後代に伝える光景、

それこそ如何であろうか・・・

父祖の意を受け継ぎ、業を発展させる事が、

父祖が振るい起こした家風に辱めを受けぬ所以なり、

嗚呼、私を加え幾人になろうか・・・


2章

父は生み、母は育て、子孫達が群れ飛びまわり遊んでいる。

人の子になった者は出かける時、必ず出かけると申し上げ、

帰って来ては必ず親に顔を見せ,綵衣を着て舞う。

目上の言葉に従い顔色を穏やかにし、夕刻には親の寝床を整え、

夜明けには安否を伺い、孝行をつくすよう、

嗚呼、このようにすれば自分だけでなく、

子孫にまで及ぶ溢れんばかりの慶福な光景、

それこそ如何であろうか・・・

父母の恩徳に報いれば、

その恩恵は天高く無窮なり報いるすべを知らずや。

嗚呼、どんな小さなことにでも報いることができようか・・・


3章

兄弟は、お互いに労り仲睦まじく、

憎み妬みのない兄弟こそ真の情を持つもの。

兄弟は仲たがいし、また和合されて、訟事で争う事の無きよう、

先祖達が記述に残した。

このように睦まじく和合した兄弟の情は、

心に留め、忘れることなく生涯を吟ずるに、

兄弟たちが集まって楽しく遊ぶ。

嗚呼、九族(自分を中心に、先祖子孫の各4代を含めた9代の親族)

が親睦する光景

それこそ如何であろうか・・・

兄よ、弟よ、兄が先に生まれ弟が後に生まれるのは

天が定めし倫次なり。

兄弟とは愉快なもの。

嗚呼、兄弟間の内輪揉めなど我知るよしもない。


4章

君子は山にて摘み、水にて釣り、飢える事はない

君子は引き寄せられず、立ち止まることなく、

ただひたすら心安らかに暮す。

君子は世の人々に認められるが故に、

己の志を実践し、

世の人たちに見捨てられば、

深く身を隠し、ひどく貧しく暮しながらも平安な心で

天の道を守り、孤独で冷情で

きびしい世を生きて行くその潔さよ.

嗚呼、君子が器物を備え、時を待ち動く光景

それこそ如何であろうか・・・

君子として君主を思い忘れず、

心の中から湧き出た一途な心を、

嗚呼、天こそは、わかっているであろう


九月山別曲

九月山別曲
柳穎



 九月山 三支江 儒州勝地
 後梁末 前朝初 柳氏起家
 文簡文正 貞愼章敬 代代封公
 爲積善流芳 景幾何如爲尼是叱古
 繼志述事 無忝祖風 再唱
 爲我從良幾叱分是古



 父兮生 母兮育 子孫甡甡
 出必告 反必面 綵舞蹁蹮
 承順顔色 昏定晨省 永言孝思
 爲餘慶無窮 景幾何如爲尼是叱古
 欲報之德 昊天罔極 再唱
 爲於飛尺輸所乎尼叱古



 式相好 無相猶 兄弟眞情
 摠和同 無爭訟 先祖遺風
 佩服不忘 終身誦之 益篤其情
 爲親睦九族 景幾何如爲尼是叱古
 宜兄宜弟 天倫樂事 再唱
 爲閱于墻我隱休老里羅



 採於山 釣於水 可以療飢
 行無牽 止無泥 惟適所安
 用行舍藏 安貧樂道 踽踽凉凉
 爲藏器待時 景幾何如爲尼是叱古
 思君不忘 一片丹心 再唱
 爲天乙沙知飛是多



韓国の漢詩です