前回、宗教の思想にちょっとだけ触れたのですが、
宗教について私なりの考えを述べたいと思います。
宗教とは、ざっくり簡単にまとめると
「特定の神様を信仰している人たちの集まり。」
と言えるかと思いますが、
実際に宗教が信者たちにもたらしている効果というものは、
「自分の行いを悔いた際に、
精神的苦痛を少しでも和らげるために懺悔したり、
日々の幸福を願い祈りを捧げる場だったり、
同じ神を信仰している人たちが存在しているという
精神的安定を求める場。」
などの効果が主なのではないかと思います。
また、信者同士では、
同じ神を信仰しているという親近感からか、
より親密な友好関係が築きやすく、
困った時にお互いに協力しあったり、
相談相手になるなどの、
まるで身内のような関係を築ける場であるとも言えます。
今風で言えば、宗教は、
「コミニュケーションツール」のようなものであると思います。
では、今現在「宗教」というコミニュケーションツールは必要なのでしょう?
私個人の結論から言わせていただくとほぼ必要だとは思いません。
今は、インターネットが普及しているため、
コミニュケーションや情報収集はネットで得ることが可能だからです。
ただ、まだインターネットが普及していない地域においては、
宗教というコミニュケーションツールは必要なのかもしれません。
未来において、
よりインターネットが全世界で身近になれば、
宗教という存在そのものが今よりも希薄になる気がします。
現に、様々な宗教信者が存在していると言われて宗教大国であったはずのアメリカでは、
2019年あたりの調査では無宗教派が半数を超えたという結果も出ています。
こうしたことからも、
インターネットがより普及していけば、
宗教に頼らなくても生活には何ら困ることはなくなると思います。
そして、神というものの存在を信じて宗教に入っているならば止めたほうがいいです。
「本当に神というものを見たことがあるのでしょうか?」
「その宗教の教祖はあなたに神という存在を見せてくれたのでしょうか?」
答えは”否”ですよね?
先に述べたとおり、
宗教はコミニュケーションツールとしての使い道しかなく、
コミニュケーションツールとしての存在意義が失われた現代において、
宗教というものは、教祖やそれに近い幹部たちが、
信者からお布施と称して利益を吸い上げるだけの組織でしかありません。
神を信じたからといって必ず幸せな人生を送れますか?
神を信じてきた人も、病気や事故や事件などに巻き込まれて亡くなることもあります。
本当に信じられるものは自分が実際に見たものだけです。
見たこともない神という存在を信じるというのはただ愚かなだけです。
宗教という、見たこともない神という偶像にすがる団体に縛られているようでは
自分自身の見識を狭くさせるだけです。
コミニュケーションツールとしての用途を失った
ただのネズミ講まがいの宗教に入るのはお金をドブに捨てるだけなので止めましょう。
既に何かしらの宗教に入ってしまっているのであれば、
そろそろ無駄ということに気づいたほうが良いと思います。
