昭和パチ勝手に振り返りつつ今日のパチあんどスロ
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確率論、初代「麻雀物語」続編

朝いつものように台チェックをすると一台明らかにアイている。千円40回に届きそう。

この時初めて頭をよぎった「1日打てる台だ」これにて初のデジパチ終日勝負が始まった。

ちなみに2.5円交換3、7で次回までのラッキーナンバー制、午前中無制限での実践。保留連チャン率は公称⑳%

果たして収支はなんとプラマイゼロ!!保留連チャンゼロ。これをどう捉えるかは人それぞれだが、自分は釘師に感服した。確率にすら釘はコントロール出来ると。

勝てなかったが、これで確信した。釘を見極めれば釘師の想定内の出来事で判断可能ということだ。数式の押し付けは妥当ではない。出るか出ないかなのだ。しかし、付け加えておくと確率は250分の1程度で当たった事で1日で収束する範囲を感じたのも大きかった。

とても心地よかったのを覚えている

確率と向き合った日

誰しも未知の領域を超える時が来る。私の場合今から17年前、T県I市G駅前のP店がその舞台だった。当時19歳、パチ歴二年(あれ?ドンマイ)の私は幸い釘も読め、羽根物を得意としていたが、セブン機は敷居が高かった。

理由は完全確率の為、永遠に当たらない可能性があること。当時はラッキーナンバー制が主流だった為、数字の引き次第で収支に大きな差が出るゲーム性に不信感を感じたからだ。それでも釘は見るし、金額を決めて打ったりもしていた。

そんな折りついにチャンスは舞い降りた。新台で入った平和初の液晶搭載セブン機「麻雀物語」240分の1の保留玉連チャン機だ。ちなみにこの当時のセブン機は基本数字が並んでリーチ。最後はコマ送りあるいはスローで停止というもの(京楽のみロングリーチ搭載)

この日いつものように朝羽根物から釘を見ていた私は件のセブン機の前で立ち止まった。続く

続「エキサイト1.2.3」の巻

さて、この機種がなぜ名機かという話ですが、まずセグの止まり方が秀逸。まずは左のセグ、次いで真ん中の上下のセグ、ここで「3.5.7」のいずれかが揃うと右の縦三つのセグが一つずつ上から停止!!最終的に最後の一つが「357」のスーパーリーチと同様の効果が!!実際は五分んの一程度だと思うが充分熱い!!

さらに大当たり中最終ラウンドを意図的にフルオープンすることで10%の保留玉連チャンを誘発出来た。ヘソ七個戻しでダブル六千個ってすごいよね~

まだこの頃は1日デジパチを打ち切るのが怖かった頃。回ろうとも打ち切ることはなかった。

時代はバブル。パチンコはあくまで娯楽だった。だって働く方が明らかに儲かったから。そんな時代に俺はパチンコ打ってたなぁ。次回確率論を語ります