Aloha Mamaのブログ

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帰る日を明後日に控えて、夫と何度も話し合った。これで予定通り帰って、もし何か起こっても、後悔は残らないのか、病院に母と父を置いていけるのか、緊急手術中の父の経過を見届けたいか等々、何度も何度も話し合った。

親戚の家に滞在していたので、帰宅早々に叔母とも話し合った。今後のことも、ハワイに戻ることも含めて。
叔母は「あなた達の思うようにしなさい。うちはいつまでいても構わないから」と言ってくれつものの、仕事のことや、子供の学校などのことも考えつつ、義父のことを最優先にして考えようと決めた。

次の朝、起きて早々に病院へ義父の様子を見にいくと、5時間にも及ぶ手術を終えて顔も体も黄疸が進み、身体中が腫れてパンパンに浮腫んでいた。娘は変わり果てた祖父の姿に恐れ慄いてるし、夫は不安そうな顔をしてじっと父親の顔を見てるし、私はいたたまれない気持ちになった。

麻酔から冷めて、意識がはっきりするまで数時間は最低かかると看護婦から言われ、食事をとって明日帰る準備をしに一度もどることに。とは言っても、夫はまだ決め兼ねている。明日帰るか否かを。彼の気持ちを思い、思い切って私が口を開いた。「もし気になるんだったら、お義父さんの様子が快方に向かうのを見届けてから帰ってもいいのよ」と。
とはいったものの本心は会社が心配だった。

食事をして、念のため帰りの支度を済ませて家を後にした。病院と家の往復で疲れきった我が娘を見て可哀想に思えてきた。夫も同じ気持ちだったらしく、近所のモールにある子供向けのアトラクションのあるモールに連れて行くことにした。モールに着くと娘は目をキラキラさせてアトラクションのある中央広場へ突進して行った。こんな小さい体で我慢していたのかと思うと、それを見て私は泣きそうになった。夫も同じ気持ちだった。少しくらい面会に遅れてもグランパ許してくれるよね?と夫と苦笑いした。

ICUにいる患者への面会は一度に二人まで、12歳以下の子供の入室は禁止、面会時間は15分までと細かい規則があるものの、私たちがハワイから来ているとナース達は知っていたので、いつ行っても、快く私たちを迎え入れてくれた。3歳の娘のことは「見えない、、、、あぁ、見えない」と冗談を言いながら見逃してくれた。病室に着くと義父は半分身を起こしてもらって朦朧と薄目を開けて横たわっていた。それをみるなり娘が「グランパ、ジョー!!」と声をかけた。義父はできる限りの力をかけて目を大きく開けて、孫娘を目で探していた。見つけた瞬間、義父の右手がピクピクと動いた。と、同時に夫が目頭を拭うのが横目で見えた。

まだ黄疸、浮腫が引かないものの、このまま自呼吸が増えれば、人工呼吸器を外し様子をみたい。との報告だった。

どうすればいい?










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義兄の電話で飛び起き、 地元の救急病院に駆けつけた私達に思いも掛けない光景が目に飛び込んできた。

義母もストレッチャーに乗ってるではないの??なんで??

もともと足腰の弱い義母は義父本人から、気分が悪くて倒れそうだから救急車を呼ぶように言われてパニクって転倒し腰を強打。その場に踞ってるところで救急車到着。救急隊員が二人とも救急に運んだことが判明。

義母は幸い命に関わる状態ではなかったので義父の元へ。緊急措置と検査を受け義父はありとあらゆるチューブがつなげられ穏やかに寝ているように見えた。検査結果が出るまで、これからの入院生活に備えるべく一度実家に帰って必要なものを揃えて戻ってくることに。義母は義父の元を離れたくないと言うので病院に残し、車に乗り込んだ瞬間「今日は感謝祭」だと、ふと思い出した。いつもなら家族の家(毎年順番に回ってくる)に親戚全部集まって感謝祭を祝う予定だったんだけど、こういう状況下なので、夕方少しだけ立ち寄ることにした。

必要なものを一通りピックアップして義兄の家に立ち寄ると、総勢二十数人の親類たちが義父母の病状を知りたくってウズウズしてた。矢継早の質問が一段落したら、今度はアレ食べろ、これ食べろの大合唱。気がついたら朝から何も食べてないことに気がついたら急にお腹が空いてきて本当にこれが「感謝祭」って言うくらい食べた。娘なんて一日中PJだった位。(苦笑)

想像以上に長居をしてしまったので、急いで病院に戻ることに・・・すると夫の叔母が義母に持って行くようにと感謝祭のディナーを持たせてくれた。大家族のドタバタの規模も大きければ、こういう時のハートもでっかい!

病室に戻ると義父母の姿はなく、もぬけの殻で一瞬いやぁ~な予感が脳裏をよぎった。ナースセンターに寄ると義父は緊急手術が必要なのでICU病棟に移ったという。ICUの病室にたどり着くと憔悴し切った義母が義父の手をさすっていた。

当直の担当ナースから病状の説明があった。義父の状態は思った以上に深刻なものだった。胸の痛みと息苦しさを訴えていたので、軽い心臓発作を想像していた私達にナースは肺に血液が溜まっている事が疑われ、その血液を抜く手術が緊急に必要で専門の医師が到着次第手術するとのことだった。

私達がハワイに帰る日は、明後日に迫っている。

どうしよう。

つづく





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11月からあまりにも色々なことが怒濤の如く起こって、新年開けるまでブログ完全放置してたことすら気がつかなかった。

感謝祭絡みで夫の実家のあるテキサス入りすること数日。殆ど毎日が親戚巡りで一日が過ぎ去ってて、3歳児には理解不能だったんだろうなー。ただ毎日の様に見覚えのない大人たちに可愛がられて、注目を一手に受けて本人は極楽だったに違いない。

そんな中でも「渡る世間は鬼ばかり」状態な事もあり、大家族で育ったことのない私にはビックリすることしきりだったわ。そう言いながらも、「渡る世間・・・・」の五月(サツキ)並みに切り抜け、何だかんだ言いながらも楽しんでたんだよね~。そんな中、あっという間に1週間は過ぎて帰る日が近づいてきた感謝祭当日、義理の兄夫婦のところで感謝祭を祝う予定だったんだけど、早朝電話で寝ぼけ眼で電話に出た夫の様子がただならぬものと感じ様子を伺っていると、夫の様子がどんどん変わって行くのが見て取れた。

電話を切って開口一番「父が倒れて病院に今朝運ばれた」とだけ言って黙りこくっていた。

なんてタイミングなの!?!?
と思わずにはいられなかった。

つづく


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