プロ野球歴代1位の949試合に登板、歴代2位の通算350勝を記録し、その驚異的スタミナから「ガソリンタンク」「人間機関車」などと呼ばれた日本プロ野球名球会会員”米田哲也さん”が被災地、大船渡市と陸前高田市を視察し、大船渡市の「蛸ノ浦地区公民館」において地元の野球少年やその指導者、保護者達との交流会を開催しました。
交流会に先立ち、陸前高田市の追悼施設に献花し、震災当時の状況を説明された米田さんは、それまで雄弁に語っていた姿とは一転し、遠くに照明塔のみが残る市営球場を見つめながら一人で歩き始めました。
その後、大船渡市役所へ戸田市長を訪問した米田さんは静かな口調で語り始めました。
「私は1995年1月17日の阪神淡路大震災を経験しました。早朝に、今まで経験したことのない揺れを感じ、”恐怖という感情を初めて抱きました。
全国の皆さんのご支援で災害からの復興を成し遂げましたが、今日初めて東北の被災地を見せて頂き今度は私たちが長く支援していかなければならないと痛切に感じました。」 「仮設住宅が建っているのは公園や学校の校庭などで、子供たちが思い切り遊んだりスポーツをすることができていません…。中学や高校では生徒は一度も校庭を使えず卒業する子供たちもいるでしょう。
一見子供たちは元気で健康そうに見えますが、テレビなどで津波のシーンが流されたりすると鬱の状態になる子供たちがたくさんいます。反対に過度に躁の状態になる子供たちもいます。
ちょっとしたきっかけでPTSDの症状が出るのです。
そんな子供たちに、米田さんのような大投手が語り掛け、生きる希望を与えてくれることが何よりものケアになると思います。これからも引き続き被災地を見守り続けてください。」 と話されました。
その後、被害の大きかった赤崎地区の「蛸ノ浦地区公民館」に移動しました。そこには小学校、中学校の生徒で構成される少年野球チーム「志田海杜」の生徒30名ほどと保護者、指導者の皆様が大きな拍手で米田さんを迎えてくださり、交流会は始まりました。
米田さんからは野球を通じて得た「心の在り方」のお話を頂きました。それは…
1)努力したらチャンスは必ず来る。君たちが努力している姿を必ずコーチや監督は見ている。
2)ライバルに勝つという強い気持ちをもつ事。
3)絶対自分には出来る!と信じる事。
4)いつも考えながら遊ぶ、行動する癖をつける事。
そして最後に
「僕が君たちの年ごろには今のように道具が豊富になかった。僕は最初キャッチャーをやっていたけれど、キャッチャーミットなど無く、母親が使っていた鍋つかみを改良して使っていた。君たちは今回の震災に遭い辛い経験もしただろうけれど、それでも今君たちは野球の道具に囲まれている。だから道具を大事にしなさい。そこから感謝の心が生まれてくるはずです。
そして保護者の皆さんには野球だけではなく、様々なスポーツをすることをお勧めします。僕は高校から野球を始めました。それまで卓球や陸上競技をしました。特に陸上の練習では砂浜を走り、足腰が強くなりました。全ての努力は無駄ではなく、いつか形は変わっても報われます。」
と時に厳しく、時に温かい眼差しを子供たちに向けて話されました。
大きな声で別れの挨拶をする野球少年たちと固い握手を交わし肩をポンポンと叩く米田さんに「350勝投手の威厳と被災地の子供たちを案ずる”過去の被災者”の思いやり」を垣間見た一日でした。
その後、大船渡市役所へ戸田市長を訪問した米田さんは静かな口調で語り始めました。
「私は1995年1月17日の阪神淡路大震災を経験しました。早朝に、今まで経験したことのない揺れを感じ、”恐怖という感情を初めて抱きました。 全国の皆さんのご支援で災害からの復興を成し遂げましたが、今日初めて東北の被災地を見せて頂き今度は私たちが長く支援していかなければならないと痛切に感じました。」 「仮設住宅が建っているのは公園や学校の校庭などで、子供たちが思い切り遊んだりスポーツをすることができていません…。中学や高校では生徒は一度も校庭を使えず卒業する子供たちもいるでしょう。
一見子供たちは元気で健康そうに見えますが、テレビなどで津波のシーンが流されたりすると鬱の状態になる子供たちがたくさんいます。反対に過度に躁の状態になる子供たちもいます。
ちょっとしたきっかけでPTSDの症状が出るのです。
そんな子供たちに、米田さんのような大投手が語り掛け、生きる希望を与えてくれることが何よりものケアになると思います。これからも引き続き被災地を見守り続けてください。」 と話されました。
その後、被害の大きかった赤崎地区の「蛸ノ浦地区公民館」に移動しました。そこには小学校、中学校の生徒で構成される少年野球チーム「志田海杜」の生徒30名ほどと保護者、指導者の皆様が大きな拍手で米田さんを迎えてくださり、交流会は始まりました。
米田さんからは野球を通じて得た「心の在り方」のお話を頂きました。それは…
1)努力したらチャンスは必ず来る。君たちが努力している姿を必ずコーチや監督は見ている。
2)ライバルに勝つという強い気持ちをもつ事。
3)絶対自分には出来る!と信じる事。
4)いつも考えながら遊ぶ、行動する癖をつける事。
そして最後に
「僕が君たちの年ごろには今のように道具が豊富になかった。僕は最初キャッチャーをやっていたけれど、キャッチャーミットなど無く、母親が使っていた鍋つかみを改良して使っていた。君たちは今回の震災に遭い辛い経験もしただろうけれど、それでも今君たちは野球の道具に囲まれている。だから道具を大事にしなさい。そこから感謝の心が生まれてくるはずです。
そして保護者の皆さんには野球だけではなく、様々なスポーツをすることをお勧めします。僕は高校から野球を始めました。それまで卓球や陸上競技をしました。特に陸上の練習では砂浜を走り、足腰が強くなりました。全ての努力は無駄ではなく、いつか形は変わっても報われます。」
と時に厳しく、時に温かい眼差しを子供たちに向けて話されました。
大きな声で別れの挨拶をする野球少年たちと固い握手を交わし肩をポンポンと叩く米田さんに「350勝投手の威厳と被災地の子供たちを案ずる”過去の被災者”の思いやり」を垣間見た一日でした。
国連の友, 事務局長, 大戸天童