安倍首相は、オバマ米国大統領と首脳会談し、
対中国との尖閣諸島の問題で、
力の支配ではなく、法の支配する地域にすることで、
一致したとしています。
この意見には概ね賛成です。
ただしこの『法の支配』については、
もう少し考察が必要です。
ここでいう『法』という物は、
これは英米法の考えで生まれた、
『基本法』のことであり、
条約がなければ無視できるような国際法や、
各国のそれぞれが持つ法ではない。
つまり人類の共通の基本的な世界法を制定していなければならず、
各国の法、各国の考え、各国の正義が統一していないから
概念だけでは意味がないなのです。
それと、この『力』というのも、
魅力や、気力や、経済力、ましては市民の力などではなく、
あくまでも『一方の国家の武力』の事として定義を明確にしなければならないでしょう。
また武力も必要な場合があります。
法の支配にもフォロワーが必要です。
警察がピストルを持たずして、
誰が無法者を取り締まれるのでしょうか?
勝手に団体や個人がピストルを持って、
勝手に正義をうたってそれを行使する事は悪ですが、
警察の様に、
そこに住む人民が委任した政治の判断による、
法の下にある武力は善であり必要なのです。
要するに、一国家の武力だから問題なのであって、
世界が認めた法に基づく抑止力となる武力が必要なのである。
こういった制度がなければ、
いつまでたっても、
それぞれの国が、
それぞれの正義をうたっている以上、
『法の支配』は、
掛け声だけで無意味となってしまうのです。
戦争は絶対悪です。
そしてそれを防ぐには、
『世界が認めた』法や抑止のための力が必要なのです。
