よく考えていたのは、女子は小でも大でも同じ便器で用を足すので
入った時点ではバレないので羨ましいなと考えていた。
他にも窮地に陥った時に幸せを感じた事はある。
例えば、川に石を投げて遊んでいた際に、僕が投げた石が、川で泳いでいた
カモに直撃して、カモが川の端にある草っぱらの場所でグッタリしていた事だ。
当時、矢ガモと言って、どこかの犯罪者がボーガンでカモを打つ悪戯を繰り返していた
ニュースがあった。
僕の意思の場合は事故であるが、同じようにニュースになると本気で思っていた。
しかも、生きているか確認するために再び投げた小石が体でなく頭に直撃して
完全に動かなくなった時は、カモは死んだと思った。
家の前にある川での出来事だったので、夜も何度も様子を見に行ったが、
カモはずっと気を失ったままだった。
翌朝にカモがいなくなっているのを確認して、犯罪者にならずに済んだと
凄く喜んだものだ。
そういった事は親にも相談できないし、友人にもできなかった。
自分の通常時より、良くない状況に陥り、それが終わった時にひと時の幸せを感じるのかもしれない。
・家族や友人が僕のアクションを見る事によって喜びを感じてくれた時に
幸せを感じていた
・食欲より、人を喜ばす、または自分が楽しむ事に幸せを感じる。
・本当に自分が楽しめる事を中心に自身の生活を見つめなおしてみる。
・大人の視点でみると、全く重要でないピンチや窮地を子供時代は、この世の終わりぐら
いに考えてしまい、その窮地を乗り切った時に幸せを感じた。