義父が生まれたのは昭和10年(1935年)。

新潟県の上越市の山間の桑取という地域。

 

この桑取という地域、日本でも有数の豪雪地帯である。

冬になると有に数メートルの積雪があり、人々の暮らしは

困難を極める。

2020年の冬の豪雪時には3〜4メートルの積雪量があった。

 

私も現在新潟県内の新潟市に住んでいる。

新潟市でも毎年雪は降るが、この地域ほどの積雪量ではない。

よくこのような地に人々が住み続けているなあ、と素直に驚く。

 

義父はこの桑取地区、当時は住民が100人ほど

檀家の数は約60軒のお寺の住職となり、50年以上住職を務めた。

つまり住職なったのはわずか20歳ということである。

このあたりの経緯から述べてみよう。

 

まず義父の当時の家族構成について述べておく。

父、母、義父を頭に四男一女の4人の子供達の7人家族。

しかし、この一家の大黒柱でもあった住職の父が、

太平洋戦争で招集され戦死してしまう。

義父が8才、小学校3年生の時であった。

 

この時代、召集された一家の主人が亡くなってしまうという話は、

全国至る所であった話かもしれない。

今の平和な日本では考えられないことである。

 

つまり義父は、残された家族とお寺を守り維持するために

幼くして必要に迫られ住職の後を継ぐことになったのである。