先日、石垣島移住より前の私の歴史。
「アナザースカイ」へ戻って来ました。


2011年の震災の年から
地元の埼玉より引っ越して始まった、6年間。
私の青春すべてを注いだ街。
どこか故郷に似ている感じが好きだ。


変わってるところは変わっていて、
変わっていないところは変わっていない。


私がいた頃よりだいぶ開発されてて、
都心に出なくても遊べるってほど
高いビルやお店が高い出来ていた。


本当に懐かしくて、心躍る。
当時の思い出が蘇る。

そんな中でも過去の自分と今の自分を
無意識に比べてる自分がいる。
照らし合わすにはピッタリな場所。
あの頃は人間的に未熟すぎて、
本当に沢山の人に迷惑をかけた。


今の私と比べたらどうなんだろうか。
もしかしたら年だけとっただけで、
何も変わってないんじゃないか。
そうやって思うと居た堪れなくて、
突如不安に駆られる。



でもそんな中、音楽が証明してくれる。
当時の私にこんな歌は歌えない。

昔は「努力」なんて
大それたことをしてきたっていう
意識すらなかったけど。

恐らく人がいうような「努力」を沢山してきて
毎日泣きながら
「変わるための努力」をしてきて。

「いくら歌が上手い子でも、
経験に叶うものはない」って昔先生が言ってた。
そんな今の自分と過去の自分を
同じだなんて思うのはあまりにも酷だ。


そうやって今日、勇気づけられた。
自分の過去と歌に。
このブログにも
これまでの軌跡が全部詰まってる。

多分私にとって「音楽」って
周りが思っている以上に深く深く重いものなのよ。
それが辛く感じる時もあるけどね



「なにをしてる時が1番幸せ?」



答えは人によってそれぞれだし、
よく聞かれたりしたよ。
その答えは昔も今も変わらない。

今はそんな機会があまりないけど
未だにあれ以上の幸せを知らない。

人と一緒にいたり、
誰かに物をもらうよりもずっとずっと。
生きててよかったと思えるくらいの。

当たり前だと思っていた日々が、
全然当たり前じゃなかったって
そうやって改めて感じるのも
きっとこれまでの経験があったからなんだね。


(もう私と音楽は一生引き離せないものだと
悟ってしまった…(笑))




またあれを経験したいな。 

いつか思い出を越えられる明日を
新しく作っていけるように。





salassa.


.
昨日モーニング娘。の振り付け師
「夏まゆみ」さんの追悼番組がやっていた。
名言を聞いて、自分も同じようなことを言われたなぁって思った。



その名言がコチラ飛び出すハートニコニコ


ダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウン




「必要なのは、今できなくてもやり続けること」

「当たり前のように用意されてある今の環境に感謝しなさい」

「ちゃんとお客さんを意識して、お客さんを喜ばせるようなパフォーマンスをしなさい」

「一人一人、個性があって得意なことがある。自分を卑下するな」

「実力の差よりも、努力の差で勝負しなさい」

「他人と比べる暇があるなら、自分自身努力しなさい」

「自分の底力というのは、本当に辛い時にしか出てこない。たくさんそれを経験して自分の生きる力にしなさい」



なんだか自分の経験と被るものがありました。

もちろん夏さんは彼女らに対し、プロとしてアイドルとしての指導だったんだろうけど、先生の指導も素人への指導というよりかは、
「今は」プロじゃなくても、
プロを意識した指導だったと思う。

それでこそ違うのは、もちろん私はプロじゃないから給料なんて出ないけど、とにかく歌が上手くなりたくてレッスンにお金を払い、自分が好きだからこそ週1回のレッスンには必ず出ていた。


ライブもド緊張だけど大好きだった。
そしてライブ後の打ち上げも大好きだった。

他人の評価で自分の価値を決めてた当時の私からしたら、先生が自分の声や歌をどう思ってるか、自分を評価されるのか。それが全てだった。
何よりも、先生の話に興味津々だった。


私の場合自分の歌が下手と凹むよりもまず、絶対こんなふうになる!!!って気持ちが強すぎたから、音楽を辞めたいなどという思いは、今思うと1㍉もなかったな🤣

「出来ないと言って自分で自分の限界を決めるのはもったいない。」

↑ 
そもそも私の場合は、出来るが当たり前で前提でやってたから、これに関しては不思議と全くなくて。
ある意味危険な思考だけど、
それも才能だったのかなとさえ思う😂


そんなある日「サラサは何のために歌ってるの?」と聞かれた。

そんなこと聞かれるとは思ってなくて、
考えたこともなかったから
「うーん、自分のため?」と答えた。

そしたら先生に
「自分のために歌うんだったら、カラオケで歌のうまいお姉さんで充分。お客さんのために、人のために歌いなさい。」と言われた。

当時の私からしたら衝撃的でした驚きガーン
なんでそんな当たり前なことに気づけなかったのか‥と。

当時ライブでは好きな歌を歌えない傾向にあったけど、そのおかげで今歌える歌が自分の財産になった。
あの時に伝えやすいよく分からん邦楽を歌ってたら、きっとこんなにも歌えてなかったと思う。

やっぱり当時は若かったから、先生の言ってることが難しくて本当に何言ってるのか分からなかったけど、今だからこそ分かることがあるんだよね。

とまぁ、
こんなふうに私も色々思い出してしまって
涙ちょちょぎれ。

本当にただ単に歌のレッスンだけではなく、
恩師には生きてくにあたって、大切なことを教えてもらった気がします。

昔は自分さえ上手くなれば、
良ければそれでいいって思ったけど、
次の世代へ繋いでいくという使命。
もはや規模がちがう🤣

私もこれまでの自分の経験が
何かの役に立てればと思う。
歌でも、SNSでも何でもそう。

もう4年くらい会ってないけど、
元気でいるかなぁ。
本当に先生と会えたことは、一生分の運を使い果たしたんじゃないかってくらいの幸運だったと思う。

私は幸せだったんだと、
今更ながら感じますニコニコ愛
この場を借りて語らせてもらいましたラブラブオエー




salassa.



お久しぶりでーす👏😇サラサです。
連日暑いですね、
皆様お身体ご自愛くださいね!


昔は毎日のようにこちらでブログを
更新していた日々が懐かしい(笑)


10年以上の前の記事とか、
なんなら15年前まである笑

ちょっと文が稚拙すぎて
見てられないくらい恥ずかしいけど😂
これも私が必死に生きてきた軌跡なので、
消さずに取っておいてます💓
その過程で文才あるなんて言ってもらえたのは
すごく嬉しかった☺️ドヤ

もはやライターでもなんでもないけど、
ここでの過去のブログ経験が色々役立ってます💓


さてさて。
相変わらず、私は音楽と共に生きてます♪
昔は「音楽」というものしか選択肢がなく、
ひたすら夢に向かって一直線に進んでいたものです。

今は沢山コロナ禍の中で挫折も味わい、
そんな中でいろんな経験を積み
自分の中で学びました。

でもやっぱり昔と変わらないことは、
音楽と共に居る時間が一番であり、
最高の時間であること。
それを改めて実感し、自ら選んでいます☺️

「これしか知らない」と「他にも選択肢がある」中での状況だと全く違う事だと思うのでね。


過去は楽しかったし、
今だから気づいたものも沢山あって。
だからこそ現在と比べ、あの頃はよかったなって思うことだけは避けたい。

もちろん人間らしくて楽しかったのはあるけど
これまでの人生、停滞はあろうとも
過去と比べ成長していたいし、
今は幸せじゃないなどと
絶対考えたくないから✊✨

昔、恩師に人間としての生き方等教えてもらい
当時は意味不明に感じたことも今なら理解できることが増えました。
成長してる証だと思います😊

音楽仲間や先生たちに
会いたくて会いたくて仕方ないけど、
それは私が何かしら殻を破って、
幸せだと堂々と言えるようにならないと
それもまたあんま微妙なことだと思うから😅

長くなりましたが、どんな形であっても
私は音楽と共に歩んでます😊
それを、自分の好きなことをいろんな形で
皆様に伝えられるのが多分1番の幸せ😉



この間の上高地の⛰↑

またひっそりと更新します😉✨




salassa.