Meg45のにっき。 -6ページ目

Meg45のにっき。

ときどき∞

悪阻が落ち着いたのが年明けで それからは体調も落ち着いてるし まだ お腹も大きくないので 歯科検診 安産祈願 マタニティクラスと動き回っていました。 でも寒い時期やったので 用がない日は おうちから出ないこともあって 唯一心配なことは体重増加。 助産師さんの指導で 夕食は炭水化物を控えたり 1日3食かなり気を使うようになりました。
そして3月 7ヵ月目に入り 暖かい日も増えてきたので これからは いっぱいお散歩して 体重管理と体力作りをしないとと思っていた矢先 貧血が始まりました。
夫は海外出張中やったので 目黒川の桜状況を報告するのを日課に お散歩していたところ 息切れとダルさを感じるようになりました。「ちょっと動きすぎて 疲れがたまってるのかなぁ」と思い 2.3日お散歩は中止して 自分では 今日は調子良いと思っていた日に 歩いて妊娠健診に向かいました。
いつも通り 桜の写真を撮ったり 最初は順調に歩いていたのですが それは突然やってきました。 急にクラクラし始め ヤバイと思ってすぐ 運良くあったベンチに座り そこから動けなくなってしまったのです。 病院までは まだ少しあるし 人は どんどん通り過ぎて行くけれど 助けてくれる人はなく なんとか近くの交番まで歩く決心をし 少しずつ歩き始めました。 けど足が動かず牛歩状態。 何度も座り込み 交番まで あと少しのところで ついに全く動けなくなってしまいました。
そこで やっと声をかけてくださった女性の方がいて 交番まで連れていって下さり 救急車で病院に搬送され 貧血と診断されました。 幸い倒れたり転んだりはしなかったので 赤ちゃんは元気で 安心と同時に 自己嫌悪に。
妊娠前から貧血持ちなのに 注意が足りなかったこと それで赤ちゃんを危険な目にあわせてしまったこと。 交番まで歩くと判断したことの甘さ。 後から思うと 最善の方法は いくらでもあったのに。
自分を責めるばかりでしたが いつもは厳しい助産師さんが「たいへんやったね~頑張ったね~」と一緒に泣いて下さって この病院を選んだことだけは 間違いやなかったと それからの妊娠生活の支えになりました。
それから鉄剤と漢方を飲み始めて 少しずつ動けるようになっていたのですが 今は転院先の先生の判断で お薬を中止した状態で また貧血が酷くなっています。 ちょっと頑張って歩くと 気を失うこともあるので ほとんど外出出来ずにいます。 こんな状態で お産を乗り切れるのか不安ばかりです。 来週の妊婦健診で しっかり話をしてこようと思っています。 
悪阻は 6週くらいから始まりました。 その1週間くらい前から 油っこいものを食べると ちょっとムカムカするなていうのはありましたが 嘔吐や寒気が始まったのは この頃です。 8週終わりから本格的な悪阻がやってきて 13週 年末まで酷い状態が続きました。 私の場合は 食べ悪阻で お腹が空くと吐き気に襲われるので すぐ食べられるように 梅おにぎりやパンを いつも用意してありました。 とにかくタイミングを逃さないことが重要で お腹空いたなって思ったら 待ったなしで すぐに何か食べないとダメでした。
特に夜になると 吐き気が酷く 22時頃が一番の魔の時刻。 戻すことにも だんだん慣れてきて 上手に戻せるようになりますが これがいつまで続くのか...本当に辛かったです。
夫は すごく私の体を気遣ってくれて 仕事に行く前に 私の分の朝ごはんと昼ごはんの準備をし 帰ってきてからスーパーに行って 晩ごはんを作るという生活を 全く嫌がることなく続けてくれました。 それでも「そんな凝ったもの作らなくていいから 早くして‼」とか 口には出さなかったけど イライラを夫にぶつけることは 多々ありました。 そして泣く。 すごく情緒不安定にもなっていました。
その頃の心の支えは やっぱり赤ちゃんでした。 まだその存在を感じることは出来なかったけれど 悪阻は赤ちゃんがいる証拠 元気に大きくなっている証拠と思えば この苦しさも幸せに感じました。 3ヵ月に入る頃までは たまに出血や腹痛があり 流産の恐怖が常にありました。 トイレに行って 出血していないか確認するのが怖かった。 安定期まで早く時間が経ってほしい 毎日夜が来るのが怖かったです。 特に うちの場合 夫の仕事が不規則で 海外出張も多く 何週間も家をあけることがあります。 その間 ひとりで過ごす夜が どれだけ怖かったか。
赤ちゃんに「大丈夫だよ~ 頑張ろうね~」と話し掛けながら 泣いてばかりの日々でした。
14週に入ると たまに嘔吐することはあっても 急に楽になり エコーでも 可愛い人間の姿が見られるようになって やっと妊婦生活を楽しめるようになってきました。
それも つかの間なんですが...。
不妊治療の病院は 7週目で卒院となりました。 診療明細に書かれた「卒院 おめでとうございます」が めっちゃ嬉しかった
5週目で胎のう確認 6週目で心拍確認 そして7週目で卒院です。
次に お世話になる病院を選ばないといけないのですが 高齢出産なので 大きな病院にしたほうがいいのか... 家から近いほうがいいし... いろいろ悩みましたが 口コミサイトを見ながら 交通のアクセスがよくて 歩いても行ける距離の個人クリニックを選びました。 そこは たまたま不妊治療の担当医の先生と お知り合いの先生のところで 「今日も会うから お願いしておくからね」と言っていただいていたので 不安はありませんでした。

しかし...
新しいクリニックに 予約のために電話したところ 2週間先まで予約が取れないとのこと。 それに 高齢出産なので 場合によっては 受け入れが出来ないとのことを 助産師さんから言われました。
この時点で かなり不安に
私の場合は 不妊治療に通っていたとはいえ自然妊娠やったこと 高齢と言っても それほど高齢やないこと それで とりあえず2週間後に診察してからの判断となりました。

そして結果的に受け入れていただけることになりました。
そのクリニックを選んだ大きな理由に 毎回助産師さんとの面談時間が しっかりあるということでした。 助産師外来は どこの病院でもあると思いますが 産婦人科は とにかく混んでいるので 流れ作業で 全く話を聞いてもらえないという口コミが多いなか そのクリニックは ひとりの助産師さんが 毎回時間を気にすることなく 親身になって対応してくださりました。
先生は 少し風変わりな先生でしたが そこで お世話になって 本当によかったと思っています。