映画のえの字
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ALWAYS三丁目の夕日

今日は「ALWAYS三丁目の夕日 (山崎貴監督 2005年 日本)」をDVDで観た。

選んだ理由は、先月観た「少林サッカー」と同じで、「悪い評判をあまり聞かない」「けっこうヒットした」などの理由だ。

ちなみに今日は3本借りてきたのだが、全部「家族もの」の映画になってしまった。無意識にしては、ちょっと自分でも気持ち悪い。


で、内容のほうだ。

先月、「映画をちゃんと観よう」と思いはじめてから数えて、8本目に当たる今回なのだが、

目が慣れてきたのか、映画がはじまった瞬間に、「このシーンはおそらく長回しで、”つかみ”だな」と分かってしまった。だからなんだ、と言われれば、それまでなのだが。

ただ、映画において、”つかみ”は、とても重要だということくらいは、私にも分かる。

この映画の”つかみ”においても、どうだと言わんばかりの豪華なセット(CG合成含む)を俯瞰で舐めるように撮り、観る者を自然に、昭和30年代のノスタルジックな世界へタイムスリップさせようという意気込みが伝わってくる。この”つかみ”で心奪われたお客さんも少なくないはずだ。私はというと、「目が慣れてきたなぁ」などと別のことを考えていたくらいなので、そんなに”つかまれ”なかった。


個人的には、鈴木オート(堤真一)が登場してようやく物語がグッと締まった、という気がする。

この人(堤)を映画で観るのは初めてだが、ひじょうにこの映画の雰囲気を決めるような、いい演技だと思う。

顔もなんとなく”昭和顔”だ。顔といえば、私の大好きなもたいまさこもタバコ屋のおばちゃんとして出ている。

この人(もたい)の顔こそ、ずっと見ていられる、飽きの来ない顔だと思う。ただ、もたいを堪能するなら、最近では「かもめ食堂」のほうがおすすめだが。「バーバー吉野」という映画では主演のようだが、どんな映画だろう?


話が逸れたが、とにかく、この映画には、分かりづらい表現もほとんどなく、まさに”大人も子供も楽しめる「王道」の映画”になっているといっていい気がする。これはこれで、なかなか大変なことだと思うし、この映画の最も偉い点はそこだろうと思う。


原作は未読だが、おそらく、数あるエピソードの中から厳選して、一つにまとめあげたのが本作だろうと思うのだが、売れない小説家・茶川の話と、鈴木オートの話に、後半しぼっていったのも良かった。続編も控えているようだが、続編では、この二つの家の、もっと突っ込んだエピソードを期待したい。

ただ、映像的な新鮮さは(作りかけの東京タワーに象徴されるような)、観るほうも慣れてしまったぶん、薄まるだろうし、そこはもう開き直って、徹底して「泣ける」人情話の映画として、飽きられるまでシリーズ化する手もあるかも知れないが、果たして?

はじめに

「映画でも観て、勉強してこい!」


私は自慢じゃないが、今まであまり映画を観てこなかった。

ところが最近、まぁいろいろ思うところあって、映画を観るようになった。

それで、映画には、映画の面白さがあるということを、ようやく分かるようになってきた。

ただ、深く記憶に残る映画もあれば、そうでない映画もある。

そこで、”素人映画好き”なりに、映画について、メモしていこうと思った。それがこのブログです。


時々は、見当ハズレなことも書くでしょうが、映画のえの字も知らぬ男の書くことだと思って、

やさしくご指摘くださると、幸いです。