映画魔ブー24h

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映画のこと。

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1919年1月12日に生まれたキャメラマン岡崎宏三さんは2019年1月12日に生誕100年を迎えた。

ちょうどこの日にラピュタ阿佐ヶ谷で豊田四郎監督の『千曲川絶唱』(67)を上映しているので観に行った。

 

トラック運転手の青年が白血病にかかり病院で出会った看護婦と恋に落ちるが青年の病は進行してゆく、という難病純愛映画なのだが、デュポンネガを使った白黒のコントラストの強い映像、そしてトラックと電車の並走撮影はじめ迫力のキャメラワークで全く102分飽きない。

 

この映画、最初に観たのは岡崎さんから借りたVHSだったと思う。その後、岡崎さんと一緒に文芸坐だっただろうか、35ミリのプリントで観た。

 

そして今日1月13日は岡崎さんが亡くなってから14回目の命日。

さて今から『ザ・ヤクザ』(74)を観ようかな。このアメリカ版のBDには今まで見たことのなかったメイキングフッテージが収録されていた。

 

『夢の中の人生』は1981年にベルイマンがドイツで撮った映画で日本未公開。

(原題は『マリオネットたちの人生より』)

男が売春婦を絞殺する。その動機はなんなのか?かかりつけの精神分析医が男についてカメラに向かって語る。男と妻の関係。妻の浮気。男の母親の支配的な愛。男の同性愛傾向。殺人事件の裏にある様々な証言と男が見る幻想的な夢。

 

この映画、1990年11月24日にパリのシネマテークで観たのだが、正直「失敗作」という印象しかなかった。なんだかTVドラマのよう、と当時のメモに書いてある。

 

昨年、ドキュメンタリー『イングマール・ベルイマンを探して』を観たら、この映画の冒頭で殺される売春婦役のリタ・ルセックがインタビューに答えていて「衣装部に渡されたのがパンティーとストッキングだけだったのにびっくり。でも演技指導が始まるともう何にも気にならなくなった」というような話しをしていた。

 

 

それもあって見直してみたのだが、「TVドラマのよう」な作品ではまったくなかった。20歳の頃の感想なんていい加減なものだ。ベルイマン映画に登場する男性の多くがいつも無力感に苛まれ、愛されたがるのに手に負えない自尊心が相手を傷つけ、愛することのできない虚しさから逃れられない。監督自身を投影したものなのか、この作品はその「最悪ケース」の1本として興味深い。夢のシーンなどは『仮面ペルソナ』を思い出させる。

 

 

では面白いかと言われると、その印象は20歳の時と変わらず。男性の心理を描こうとする野心作ではあったけれども。また時間を経てから観ると、感じ方が変わるものだろうか。

 

5時間11分の『ファニーとアレクサンデル』の中からいくつかのシーンが選ばれ、それがどう撮影されたかを記録したドキュメンタリー。81年9月のクランクイン前日の顔合わせパーティーから始まり、翌3月まで半年の撮影を1時間50分にまとめている。これを観るともう一度、頭から本編を見直したくなること間違いなし。

 

 

エクダールの一族が、死期の迫るオスカルの寝室前に集うシーン。このシークエンスの細やかな俳優の動きを一つ一つ組み立ててゆく監督。そうか、ここはワンカットだったか。

「ここでは12名の俳優が全く別々に細かい演技をする」

と、監督の言葉が字幕でインサートされる。

ベルイマンの映画はカットを素早く編集するときもあれば、俳優もカメラも動き続けていてワンカットの時もあるが、観ている時には演出が見事で気づかないことが多い。

このシーンの準備に3時間かかったことが字幕で記される。

 

続けて、オスカルの死を看取る家族が一人ずつ、フレームから外れ、別の人物がイン、アウト、また別の人物と繰り返されるショット。実はちょっとしたタイミングで、ピントもボケて構図も狂ってしまうのだが、これがピタリと決まる。監督と撮影監督ニクヴィストのやりとりが興味深い。スヴェンと私が対立することもあった、と字幕。

 

『第七の封印』や『冬の光』ほか数々のベルイマン作品に出演した盟友にして名優グンナール・ビヨルンストランドが道化姿で歌う第3部冒頭のシーンの撮影。「我々が目撃するのは、名優が自分自身の恐怖、失われてゆく力、疾病と闘う英雄的な姿だ」と字幕。

 

 

このドキュメンタリーのクライマックスと呼んでいい部分だが、そう、ものすごく時間をかけて何テイクも撮り直し、アングルを変えて撮影しても、使われるのはほんの一部。それが映画というもの。ここだけ本編を見直したが、細かくカットが刻まれ驚くほど短い。

 

他にも第1部のクリスマスの夜、エピローグの洗礼の祝宴といった豪華で大人数が登場するシーンもあれば、それと対比するように冒頭の人形舞台、イスマエルとアレクサンデルが義父の死について会話する静寂と緊張感あるシーンの撮影などが登場。監督とは何をすべきなのかをベルイマン自身が教えてくれるような作品。

 

 

2019年になりました。

正月に実家から、『ファニーとアレクサンデル』が88年にTV放送された時に録画したVHSテープ3本を持ち帰って、2日に分けて再見。

 

 

東京では88年5月に深夜放送されたものが、10月に同じく3週に分けてKBS京都で放送された時の録画。「'88 京都オートショー」始め、番組の合間に入るCMがまた味わい深いことよ。標準録画なので意外にちゃんと観られます。

 

 

吹き替えの声優が豪華。慇懃無礼、陰湿な主教役の寺田農は放送当時から印象に残った。

丁寧に人物名(俳優名)が画面にでるのも懐かしい。

 

 

「サザエさん」の波平役でおなじみ永井一郎は、情にもろくて激しやすいエロオヤジのグスタヴ叔父役で名演。演ずるヤール・キューレはベルイマンの『夏の夜は三たび微笑む』ほか『バベットの晩餐会』の晩餐に現れる老将軍が実に良かった。

 

 

他にもカール叔父役が石田太郎、『冬の光』などベルイマン組の常連俳優だったグンナール・ビョルンストランド演じる俳優ランダール役が加藤精三、同じくベルイマン組のエルランド・ヨセフソン演じるイサクの声が宮内幸平。脇役陣が実に渋い。しかも台詞が戯曲のように猛烈に長い。これは演じがいがあったと思う。多くが故人になられていて、もうアテレコの時の話を聞くこともできないが。

 

18歳の時にこの放送で本作を初めて観てから30年ぶり。『不良少女モニカ』のハリエット・アンデションが主教宅の家政婦ユスティーナ役で出演していたのに初めて気づいて驚愕。あの美少女が、メイクとはいえこんな顔になっちゃうのか・・・。つい先日『道化師の夜』のムッチムチな姿を見たばかりなので。

 

昨年から続くベルイマン熱、収まらず。

 

 

 

昨日、劇場で『いのち・ぼうにふろう』(71)を観る。

 

 

小林監督にお目にかかったのは生前に一度だけ。二度目は亡骸を棺に納める時だった。

 

製作の佐藤さんは小林監督に無名の頃の仲代さんを紹介し、亡くなるまで小林さんを支え続けた。

『砂の器』『御用金』『深い河』など、小林監督の作品だけでなく名作を多く世に送り出した。

小林監督の葬儀の2ヶ月後、後を追うように96年の12月に亡くなった。

「佐藤は仕事も一生懸命でしたが、お遊びも一生懸命でして」と、未亡人の菅井きんさんがご挨拶をされたのをいつもふと思い出す。

こんなに粋な方、今に至るまで他に会ったことがない。

佐藤さんの足元にも未だ及ばないけれど、せめて愛煙していたタバコだけ引き継いで吸い続けている。

菅井さんも今年亡くなられた。

 

撮影の岡崎さんが「映画とは何か」をすべて教えてくれた。

年が明けて1月12日に岡崎宏三生誕100年の日が来て、翌13日は没後14年。どちらかの日に同じ映画館で『千曲川絶唱』を観るつもり。

 

 

『いのち・ぼうにふろう』もう何度観たか数えきれない。一度は岡崎さんと二人で、どこかで観た。

無声映画の時代劇を撮影の参考にしたんだと、あのカット、このカット、と教えてくれた。

照明の下村さんをはじめ、みなさんで新作をあちらで撮っていらっしゃいますか?

 

昨日の小さな映画館は半分くらいの入り。どうしてもやっぱり最後の酒井和歌子が無言で、破壊された安楽亭を拝む画で目頭が熱くなる。この映画を、いのちぼうにふらない、と黒澤明が言ったそうだけど。

 

日本語がさほどわかるとも思えない外国人のカップルが来ていたけれど、女性はラストで何度も目を拭いていた。