yasuha
ayako最近、ゾッとするほど感慨深かった出来事は、
春風亭小朝と泰葉の離婚。


今年に入って夫婦で何度もテレビ出演していた事を、『思い出作りだった』とのたまった彼女に、『そんな私的な事で公共の電波を利用するとは』・・・と憤った人もいただろうし、金屏風の前で、露出度の高い服を着て、憑き物が取れたように爽快な笑顔を振りまいている姿は、夫を捨てた勝手な女と映ったかもしれない。


でも私はあの会見を見て、愛するって事は、意志であり、覚悟であり、孤独な作業なのだなとつくづく思った。


世間からおしどり夫婦と言われ、小朝師匠自身もそう思っていたはず。


なのに、『夫婦の愛などなかった』と語る妻、驚きと落胆を隠せない夫。


でも、妻は夫に対する畏敬と愛情から、自分を殺して
20年も支える事に徹してきたのかと思うと、胸が痛む。



夫に夫婦仲が良かったと思い込ませていたという事は、どんなに自分が辛くても徹底して幸せを演じきった証拠だと思った。


孤独で寂しくて、修行のように辛くても、それを相手に察しさせないのは、相当愛情がないとできる事じゃないと思う。


本当に愛していたんだろうな。


でも、やっぱり自分が活かされていない、愛されていると感じられない人生には限界があるんでしょうね。



黒川紀章は若尾文子を『君の美しさはバロックだ』と言って口説いたという。


病気の体を押して選挙運動をしていた黒川紀章も、もしかしたら若尾文子と最後の思い出づくりをしたかったのかな、なんて思ったりする。


死ぬ間際、『あんまりいい奥さんじゃなかったわね』という若尾文子に、黒川
紀章は、


『そんなこと、そんなこと・・・本当に好きだったんだから』


と応えたというエピソードは、思わず泣けてしまった。


こんな女冥利につきる最期の別れってないから。



やっぱり、女は孤独に愛してボロボロになるより、愛されて一生を終えた方が幸せになれるのかしら。


男性と女性の間にある、理解しがたい生き様のギャップは、男性から見ると、とかく『やっぱり女はタクマシイ』という解に片付けられがちだ。

でもオンナはやっぱり弱いものなんです。

女は強くなくても、ボロボロになっても、化粧をして今日1日をやり過ごしていかなくてはいけない時があるだけです。

先週見たボルベール、それから今日阿佐ヶ谷のラピュタに観に行った日本女侠伝には、それぞれ、生き苦しさの中にも筋の通った気風と、ハッとするような女の艶を持ち合わせる女性像があった。

ライムンダ(ペネロペ・クルス)は、父親との近親相姦に傷つき、また母に愛されたい、理解されたいと望みながらも、結局、両親の死を持ってその願いも叶わないものとなってしまった。

そして娘による夫殺害。

そんな苦難の中を淡々と過ごすライムンダを逞しいという声もあるが、ライムンダは、強いのではなく、母の愛を求め、もがいて、連綿と続く厳しい現実をやり過ごすしかなかったのだと思う。

これは、母と娘の愛の物語なんかではなく、愛の欠乏によって埋まらない心の溝を埋めようとする、10代のまま心が止まってしまった女の利己的物語である。

つまりそれは母への愛ではなく、自分への愛だ。自分が自分の足で立つための最低限の望みなんだと思う。

それに対して、日本女侠伝の小しず(藤純子)は、他人の為に愛を貫く。

自殺を救ってくれた男への恩を忘れず、操を守り通す、芸者小しず。

十数年後、やっと巡りあえたものの、その男の恩人の面倒見ることで、愛を貫徹しようとする。

今回の小しずにしても、緋牡丹のお竜さんにしても、人に対する恩であったり、義理や仁義という自分の信念の元に、体を張って意志を貫いている。

その貫いている姿勢が強さであると言えなくもないが、それは生き様のあまりの美しさに対する感銘がそう錯覚させているとも言える。

本当は人影で、弱弱しく、その白いうなじを震わせて、どんなに泣いているだろうと思うと胸が痛む。(映画にそんなシーンはないがあくまでも想像で・・・。)

女は利己的な自分への愛によって、逞しく生きることもある。

人に対する慈しみや強い愛によって、貫く強さを持つこともある。

でも、女は本当に弱くてどうしようもない生き物なんですよ。

※ちなみに藤純子は恵比寿の写美でやってる、写真展も合わせてどうぞ。

http://www.shibuyabunka.com/soft.php?id=3569

公衆トイレに駆け込もうとした時、ピンクでも青でもなく、オレンジの人間マークがドアにあったら、『女の私ははココに入っていいのか?』と戸惑う。

ボルベールは、そんな感じで気持ちの置き場が定まらない違和感を感じる作品だった。

サスペンスのようでサスペンスでなく、死んだ人が生きて現れる?ファンタジーのようでファンタジーでなく、私はいつまでも足場がゆるゆるして不安定なままだった。

スペインの風の、熱く乾いた空気感と、素朴な生活感だけで押し切ってくれたら、私も私なりのボルベールができたのに。

ただ、ライムンダ(ペネロペ)のパーソナリティーが、彼女の抱えている過去との因果関係がちゃんと成り立っているように感じた。

ぬぐう事のできない悲壮な過去の事件と、それがきっかけに、何年間も蓄積されてきた母への愛と憎しみのアンビバレンツ。

そういう時間を10代から重ねた後、黒いアイラインをビッチリ引いて、自分勝手に我を押し通すような人格を形成して今を生き抜いてる事が、リンクして感じれられた。

フラメンコギターでの歌は、口パクと言えど、グッとくるものがあり、好きじゃなかったペネロペをちょっと好きになった。

公開初日の今日(6月23日)、観に行って来た。

ネット上のレビューでは酷評が目立つ。

確かに、“ストーリー展開の面白さ=映画の面白さ”という感覚の人にとっては、物足りなさを感じるのは否めないと思う。

観念的で、観る側の歩み寄りが相当必要な映画。

『殯(敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間、又、その場所のこと』との事。

認知症の『シゲキさん』というおじいさんは、33年前に亡くなった妻の死を未だ受け入れられず、生きた心地のしない日々が続いている。

空想のシーンで、現在の老いたシゲキさんと生前の奥さんが2人で並んでピアノを弾いている。

ぎこちなく弾き、間違えて手が止まってしまうシゲキさんに、こうよ、と笑顔で弾いてみせてあげる奥さん。

そしてまた2人で弾くメロディが重なる。

だが奥さんは笑顔のままスーっと立ち去ってしまう。

このシーンはほんの1分そこらだったと思うけど、シゲキさんにとって奥さんがどのような存在だったのかを、象徴的に、簡潔に表現していて、素晴らしい。

つまり、シゲキさんと奥さんは、二人三脚で穏やかに生活をしていて、シゲキさんがつまづいた時は、奥さんは、巫女のように優しく導いてくれた存在だったんだろうという事が想像できる。

そして、その支えと導きを失った事で、生に虚無感を抱くようになった事の説明ができている。



もう1人、幼い子を自分のせいで亡くしてしまった介護施設に勤める女性、真千子。

彼女とシゲキさんは森を彷徨い、シゲキさんの奥さんの墓に辿り着く。

冷たい土に身を沈めながら、ようやく奥さんの元に帰れて、生きた心地を得られたシゲキさん。

そして、天に向かってオルゴールを鳴らす真千子も、ようやく子供の死を受け入れられたように、微笑む。



・・・でも、それも、私の想像だけだし、森で川を渡ろうとするシゲキさんを止めようと泣き叫ぶのは、子供を川で亡くしたからなのか・・・というのも私の想像。

とにかく、そういう自分の想像力で補完しないと、???で終わってしまうと思う。

観る人に委ねる部分が、幾分多めの映画だったかもしれない。

最近、自分の未来が不安です。

運は人一倍強い方ですが、ハズレた時のハズレ具合が半端なかった私の人生。

きっとこれからもロクな事が起きないであろう、私の未来を予想してみました。

○今年:32歳

『東方神起』に会いたいという不純な動機で、仕事を辞めてアイドルになる事を決意。

丁度その頃、

『タバコ?妊娠?ア~、もうガキの面倒見るのはコリゴリやな~。』

と辟易したつんく♂が、熟女版ハロプロを旗揚げ。初代メンバーにオーディションで合格する。

『ディア・リゾン』という芸名で、アメリカなまりの日本語を話すキャラでデビューするも、

松本伊代、早見優、堀ちえみのユニット、 『キューティー★マミー』よりイタい、という世間の声に潰され、半年で引退。


○4年後:36歳

『都民はマックのポテトが無料』を公約に、都知事選に立候補。

NHKの政見放送で、

『改革なんて、いくらやったって無駄だ~!政府転覆!』

と叫ぶ模様がYoutubeにUpされる。もちろん落選、気づいたら友達が1人もいなくなっていた。


○8年後:40歳

『40歳になった時、お互い独身だったら結婚しようか?(笑)』

という、学生時代に言われた男友達の言葉をハっと思い出し、ウキウキしながら連絡を取ってみるが、
電話の向こうから漏れてくる子供と奥さんの楽しそうな声に、何も言えぬまま受話器をそっと置く。


○12年後:44歳

優海が成人。

『母ちゃん、あのさ・・・。』

と神妙な面持ちで何か言いたげだから、『二十歳まで育ててくれてありがとう』とでも言われるかな?^^;と、照れくさい気持ちで構えたものの、

『実は俺、子供できたわ。』

と衝撃の告白に、撃沈。


○16年後:48歳

女盛りだと信じてやまない40代後半、パート先の上司と本気の恋に落ちる。

人生最後の恋だとドップリ浸かり、所有する下着も『イオンのセール品』から『ピーチ・ジョン』に総取り替えし、おでこのシワにヒアルロン酸注入もする。

しかし、その上司が若いアルバイトの女の子と五反田のホテルに入る所を目撃し、恋の終焉を迎える。


○21年後:53歳

いい加減、人生に不安を覚え、江原さんのスピリチュアルカウンセリングを受けるが、

『あなたには、守護霊はついていませんね。』

と言われ、な~るほど、と納得。


○23年後:55歳

若い頃から憧れていた、大阪のおばちゃんに転身するため、ヒョウ顔プリントのカットソーと黒のスパッツだけをカバンに押し込み、独り品川発のぞみに乗り込む。

お好み焼き&もんじゃ屋『香林亭』を開店、貧乏ながらも、小さな幸せを見つけながら、強く明るく晩年を過ごすのでした。(完)


※この未来はフィクションです。


borat




執行役員のおじさま2人と客先訪問後、渋谷の東急本店の屋上にあるビアガーデンで、日が沈む前から一杯飲んだ。


何となく強まってきた夏の雰囲気、蒸し暑さ、夕暮れ、・・・外でビール!!!


何ともたまりません!


そして、ほろ酔い気分のまま、シネアミューズで映画『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』 を観に行った。


カザフスタンのTVレポーターが、PLAYBOYのオネーチャンを追いかけて、アメリカ文化をレポートしながら旅するというモキュメンタリーなんだけど、とにかく下品でアホ!


真顔ですっとぼけて、とんでもない事をやっちゃうっていう、笑いの王道をやってるのに、まんまと大爆笑しちゃう。あ~劇場で大声で笑うのは最高!


人種差別ネタだとか、物議を醸してたりもするけど、だからといって、何だかんだあえて言いたくない。


私にとってはその瞬間笑えたからそれでいい!


そして、信頼して尊敬できる上司と、馬鹿さわぎさせてくれたこの映画に感謝したい気持ちですよ。