3歳の「いたずら」、私なら激怒したのに 叱らない夫の見事な諭し方
可愛い子猿と、黄色い帽子のおじさんが登場する「おさるのジョージ」。
好奇心旺盛なジョージと、友だちであり、良き理解者でもあるおじさんのやりとりが描かれた作品で、アニメも放送されている。
子育て中の「うずら」さんは、アニメを見ながらふと、子どもが3歳のときに起こった「事件」を思い出した。
お出かけから帰ってきて、うずらさんが荷物を運んでいるとき、やけに静かだったので様子を見に行くことに。
すると、壁いっぱいにスタンプを押して遊んでいた。
「えっ、なんで?」と思わず、声が出た。
スタンプなんて渡した記憶もないのに、なぜ持っているんだろう。
手元を確認すると、お子様ランチに付いてきたおもちゃを持っていた。
フタになっていた部分を開けると、そこにスタンプが隠されていたようだ。
何で気づかなかったんだろう。それにしてもなんてトラップなんだ。
ぼうぜんとしている間、子どもは「見て、見て」とうれしそうな顔をしていた。
さきほどの「えっ、なんで?」の声が聞こえたのか、夫もその場に駆けつけた。
すると突然、自分のスマホを取り出して写真を撮り始めた。
「すごい、こんなバランス良くできるなんて、よく考えてるね。写真撮っていい?」
そう言いながらシャッターボタンを押し続け、「写真に撮ったからこのスタンプは消すね」と了解をとる。
「せっかく描いてくれたんだけど、お絵かきの紙と違って壁や家に描いたものは、すぐ消さなきゃいけなくなるんだ」
少し悲しそうな顔でそう言って、最後にこう付け加えた。
「これからは、ずっと残せるようにお絵描きの紙にやろうね」
この出来事を機に、テーブルの上にクレヨンや画用紙を置くことに。
以降、我が子が壁や机などに絵を描くことはなくなった。
親に見せたくてやったんだから
夫は普段から何でも写真に残しているので、スタンプを撮影したときも「あ、また撮ってる」ぐらいにしか感じなかった。
その後の動きを見ながら「自分ならダメだよと否定的に言ってしまうのに」と思っていた。
そして「親に見せたくてやったんだよな」と気づいたとき、自分の幼いころを思い出した。
壁にクレヨンで大きな丸を描いたことがある。
きれいな丸が描けたので、褒めてもらおうと思って親に見せたら怒られてしまった。
そうか、あのときの自分と同じ気持ちだったのに、気づけていなかったんだな。
それにしても、夫はなんでとっさにあんな行動をとれたんだろう。
気になったので後で聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「壁にやったのは初めてなんでしょ? 今まで小さい紙にしか描いてこなかったのに、壁にやったらどうなるかなって思ったことは成長じゃん」
子どもがすることはいつも衝動的で「こうしたらどうなるんだろう?」という好奇心から来ているはずだ。
叱ったらそういうことしなくなるだろうけど、してみたい気持ちとか、褒めてほしくてしてみようって気持ちをつぶしかねない。
危なかったり人に迷惑かけたりといったことでなければ、そんな怒らなくていいと思うよ、とのことだった。
◇
思い返せば、夫がこうした対応を見せるのはこのときだけに限らない。
牛乳をまるまる1リットルこぼしたときは「自分でしてみたかったのかな、それともお手伝いしてくれたのかな? 次からはパパたちにお願いしていいんだよ」。
トイレットペーパーをまるごと便器に入れたときは「やってくれたね~。でも使えなくなるからやめてね」と、いつも怒らずに諭している。
親が見ていたり対策したりしていれば防げたことについては、子どもは悪くない。むしろこの程度で済んで良かったという接し方だ。
夫は幼いころ、病気でスポーツを禁止されていた時期があったと言っていた。
心配した家族から「あれはダメ」「これもダメ」と言われてきたのではないか。
そのときの経験もあって、我が子にはのびのびとしたいことをさせて、自分でやって学んでほしいと思っているのかもしれない。
◇
かといって完璧な父かといえば、そんなこともない。
子どもと出かけるときは、おむつや靴など、必ずと言っていいほど忘れ物をする。
自宅の鍵を2本持って出張に行き、家族が家に入れなかったこともある。
片付けが苦手で、洗濯物もちゃんと出さない。
夢中になると周りが見えなくなるところなどは、一緒に生活する上では大変だ。
子育てに正解はない
2月上旬、「おさるのジョージ」を見ながら壁いっぱいのスタンプを思い出し、ツイッターでつぶやいた。
普段は夫への愚痴などをつぶやくことが多く、この日も「うちの旦那ちょっと変なんだよー」というノリで投稿していた。
思いがけず多くの反響が寄せられ、夫を褒める内容ばかりで驚いた。
「普段から育児してないからじゃない?」「掃除はママがしてるからでは」という返信もあったが、そんなことはない。
完璧ではなくとも1日の流れを把握していて、妻が家を空ける日は子どものことをすべてやってくれる。
いつも子育ての大変な部分を任せて申し訳ないと思っているようで、ひとりになれる時間を積極的に作ってくれる。
そして、うずらさんが仕事を辞めてくすぶっていたときは、こんな声をかけてくれた。
「やってみたいなら、とりあえずでやってみればいいじゃん。ダメだったらまた次にやってみたいことやればいいんだよ。そのうちこれだと思うものが見つかったら、それを頑張ればいいんだよ」
子どもに限らず、妻である自分のことも後押ししてくれるありがたい存在だ。
夫はツイッターもしていないし、うずらさんのアカウントのことも知らない。
今回話題になったことも教えるつもりはないので、心の中でこう思っている。
「勝手にエピソードを載せてごめんね。だけど育児ってイライラの連続だから、少しでも言い換えの参考にしてもらえたらうれしいね」
子育てに正解はないし、親子によって合う合わないもきっとある。
だから無理することなく、力の入り過ぎない育児をみんなでできたらいいな。
寄せられたたくさんの反響を読みながら、そんなことを思った。
ちょっといい話
「こんにちは、機内での暇つぶしにどうぞ!(Hi, this is in-flight entertainment!)」
通路側に目をやると、1人の男性がほほえみながらチャックつきの透明な小袋を配っていた。
英語はあまりよく聞き取れなかったけど、何だか楽しそうな雰囲気は伝わってきた。
5月8日、北米旅行を終えた札幌市の明里さん(22)が乗り込んだ東京行きの飛行機。
もうすぐすると、カナダのバンクーバー空港を飛び立つ。
スチームクロック(蒸気時計)が映えるバンクーバーの街並みに、フロリダのディズニーランド――。
人生初の海外は思う存分楽しめたけど、時差ぼけで体はだるく、10時間超のフライトはちょっと憂鬱(ゆううつ)だった。
さて、何の映画を見て乗り切ろうか。
そう考えていた時のことだった。
男性が自分のところにやってきた。
「怪しい人には見えないけど、何を配っているのかな?」
みんなが笑顔で受け取っていたので、自分もひとまずもらってみた。
「あ、そういえば……」
男性の顔を見て、明里さんは、搭乗口前で子どもと並んで歩いていた人物だったことを思い出した。
手紙を翻訳したら
手に取った袋を見てみた。
金色の紙に包まれたキャンディーと赤い耳栓。
そして、英文がつづられた小さな紙きれが二つ折りで入っていた。何かの手紙のようだ。
明里さんは、観光中に頼りっきりだったスマホのアプリで英文を翻訳してみた。
手紙の送り主は、意外な人物だった。
《こんにちは。ぼくたちはリオとジョージ、2歳と生後8カ月だよ。おじいちゃんとおばあちゃんに会いに日本へ行くところだよ。飛行機に乗るのはワクワクしているんだけど、ちょっと緊張もしているんだ。うるさくして迷惑かけちゃったら、ごめんなさい。たまにママとパパが僕たちのお願いを分かってくれないんだよ!もし、うるさすぎたら教えてね。みなさんがご理解してくれることに感謝しています。リオとジョージより》
「なんて素敵な心遣い、優しい伝え方なんだろう」
明里さんは、キャンディーの包みを開いて、そっと口に入れた。
キャラメル味だった。
心がほわっと温かくなるのを感じた。
飛行機は離陸した後、安定飛行に入った。
この小さな手紙が、機内の空気を柔らかくしていた。
あの男性と日本人と思われる妻と、小さな子ども2人。たぶん、あっちがリオ君で、あの子がジョージ君。
リオの遊び相手を買って出た後ろの座席の若者がいた。
夫婦の腕の中で眠るジョージを「眠れている?」と気遣う人。
通路で一家とすれ違った時に変顔で笑わせようとする女性――。
明里さんも、心の中で「大変だけど、がんばれー!」とエールを送り続けた。
和やかな雰囲気のおかげで、10時間は意外と早く感じた。
いつの間にか、長旅の疲れも吹き飛んでいた。
「手紙を渡したのは私の夫です」
帰国翌日の5月9日、明里さんは「日常の小さなことだけど、幸せな気持ちをお裾分けしたい」と考えた。
手紙と翻訳文の画像に一言だけ添えて、ツイートした。
《日本に帰る飛行機で急に袋渡されて「?」てなったけど、こんなことしてくれる素敵な旦那さん見つけたい》
ツイートは多くの人の目にとまり、思いがけない人からの反応もあった。
《こんにちわ。お手紙をお渡ししたのはカナダ人の私の夫です。ほっこりして頂いてうれしいです。長いフライトの中、泣き声や叫び声で周りの方に迷惑をかけたことを申し訳なく思っていましたので、投稿を見つけて大変安心しました》
明里さんは「まさか本人に届くなんて」と少し恥ずかしくなった。
だけど、当時言えなかった自分の気持ちを伝えたくて、すぐに返信した。
《長旅で大人も辛い中、お子さんを思った配慮や対応にとても感激していました。英語が話せず伝えることが出来なかったのですが、日本の滞在を存分に楽しんで欲しいと思っていました》
機内で見かけた夫婦は、カナダ人のダニエルさん(38)と、埼玉出身の女性(36)。
2人は結婚をきっかけにカナダ中西部のエドモントンで暮らし始め、働きながら子育てをしている。
今回のフライトは久しぶりの日本への里帰りだった。
女性は、長男リオ君(2)と、生まれて初めて飛行機に乗る生後8カ月の次男ジョージ君のことが気がかりだった。
「うるさくして周囲に迷惑をかけないかな」
出発の数日前から、それだけで頭がいっぱい。
カナダ移住前、日本の電車内で見た光景が強く心に残っていたからだ。
車内で子どもが泣き叫んでいた。
近くにいた男性が舌打ちをしていた。
あんな態度をとられたら、悲しくなってしまう。しかもフライトは十数時間もかかる。
「どうしたらいいんだろう?」
そんな思いを聞いたダニエルさんは冗談まじりにこう言った。
「じゃあ耳栓でも配ろうか?」
女性は「それだ」とひらめいた。
「耳栓と一緒に、子どもからのメッセージという形で手紙を配ったら、思いが伝わりやすいかもしれない」
すぐにメッセージ内容を考え、夫婦で120袋ほどを用意した。
一方の明里さんは、数年前まで保育士をしていた。
子どもの世話の難しさは身をもって知っていた。
「大人でさえ10時間のフライトはしんどいんだから、小さい子なら我慢できなくても仕方ない。子連れだと、こんなに気を遣わなくちゃいけないのかなあ」
帰国後、そんなモヤッとした気持ちを抱いた。
日本では、電車やバスといった公共の場で、子どもが泣いたり大声を出したりすると、時にピリピリした空気が流れる。
ほんの一部だが、「親なら子どもをしつけろ」と説教する人もいる。
民間シンクタンク「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」による2020年のアンケートでは、3歳未満~未就学の子を持つ男女2000人に「公共交通機関を子連れで使う時、周囲に気を遣うか」と尋ねたところ、約76%が「そう思う」「ややそう思う」と答えた。
また、子連れの回答者の半分近い46%が、周りへの迷惑などを恐れ、電車やバスの利用を避けていることも分かった。
明里さんは「ある程度の配慮は必要だけど、気遣いを求められすぎると、保護者は疲れてしまう。日本の公共の場では『気遣わないといけない』という無言のプレッシャーが強いのかも」と考えている。
エレベーターでも「息苦しさ」
ダニエルさんたちも2週間の日本滞在中、公共の場で息苦しさを感じたことがあった。
東京スカイツリーの4階で、子どもをベビーカーに乗せて下りのエレベーターに乗ろうとした時のこと。
1機目は満員。
ベビーカーはもちろん、大人1人ですら入れそうにない。
子連れやお年寄り優先のエレベーターだったが、スペースを譲ってくれる人はいなかったため、諦めた。
続く2機目も満員。
利用客たちはベビーカーに気づいていたように見えたが、扉はすぐに閉められてしまった。
3機目は、少しだけ乗り込む隙間があった。
これを見送れば、いつまでも乗れないかもしれない。
2人で「すみません」と、ベビーカーと一緒に体を押し込んだところ、「え?何?」と不機嫌な声が響いた。
「周りへの配慮がない子連れ」と言われているようで、悲しくなった。
一緒にいたダニエルさんはその後、こう言った。
「日本はカナダにないような子育て設備が充実しているし、日本人はとても親切なイメージがある。それなのに、なんで子連れに冷たい時があるんだろう?」
ダニエルさんの疑問に、女性は返す言葉がなかった。
ダニエルさん夫婦はカナダに帰る飛行機でも、乗客に「リオとジョージからの手紙」を配った。
行きの便と同じくらい機内の雰囲気は和らいだ。
でも、公共の場で、いつもこの作戦が使えるわけじゃない。
「本当は、手紙で気持ちを伝えなくても、自然と分かり合える社会がいいな」
女性はそう願う。
子どもがもう少し大きくなったら、日本に戻ってくることも考えている。
子連れには息苦しく感じる日本社会の空気が、一歩ずつでも変わっていってほしいと思う。
2人の子どもたちが、やがて大人になった時の「未来」のためにも。
《手紙の原文》
Hello
We’re Leo and George, 2 years old and 8 months old. We’re going to Japan to see our grandparents. We’re very excited to ride an airplane, but also a little bit nervous. We’re very sorry if we make a lot of noise and bother you. Sometimes, our parents don’t understand what we want!! Please let us know if we’re too noisy. Thank you so much for your understanding.
Leo&George
ちょっといい話し
2021年3月ごろ、笏本縫製(岡山県津山市)に電話がかかってきた。
「葬式につけていけるネクタイがほしいんですけど」
かけてきたのは関西弁の男性で、黒いネクタイの注文だった。
自社ブランドのネクタイ「SHAKUNONE(笏の音)」に興味を持ってくれたらしい。
送り先や料金を確認して商品を発送すると、しばらくして電話がかかってきた。
「今度は結婚式につけていける白いネクタイを」
ネット注文も受け付けているが、年配の男性は電話で注文する人も少なくない。
社長の笏本達宏さん(35)は「商品を気に入っていただけたんだな」ぐらいにしか考えていなかった。
男性からは、その後も電話がかかってきた。
「黄緑のワイシャツに合う色は?」
「細いのと太いの、どっちがいい?」
「結び方は?」
そんなやりとりの中で、「次にイベントの予定はありますか?」と尋ねられた。
大阪・梅田の百貨店に期間限定で出店する予定があったので、日程を案内した。
◇
2021年4月、阪急メンズ大阪でネクタイを売っていた笏本さんは、まっすぐこちらに向かってくる男性に気づいた。
「こんにちは、板谷です。電話ではお話ししましたが、初対面ですよね」
そうあいさつされ、電話注文の男性だと気づいた。
そしてこの時、なぜ電話だったのかの理由がわかり、体が一気に熱くなった。
「今はもう、デザインも色も誰かに説明をしてもらわないとわからないけど、生地や縫製の良さは人一倍わかるんです。目が見えていた時からネクタイが好きなんです」
そう話す男性は、両目の視力をほぼ失っていた。
ネクタイの手触り、つけ心地を気に入って選んでくれていたのだ。
そのことを理解した瞬間、笏本さんは天井を向いて必死に涙をこらえた。
自分たちが信じて続けてきた「ものづくり」を認めてもらえた喜びがあふれていた。
ネクタイを気に入った理由
阪急メンズ大阪を訪ねてきたのは、大阪府在住の鍼灸(しんきゅう)マッサージ師・板谷満夫さん(51)。
小学4年生の時に、病気で右目の視力を失った。
そして2016年12月、左目の網膜剝離(はくり)が判明。
翌年に手術したが回復せず、現在は左目でぼんやり明かりを感じる程度で、ほぼ何も見えない。
音声ソフトを活用してネットを閲覧していた時、SHAKUNONEのことを知った。
もともと下請けだった会社が、自社ブランドを立ち上げて奮闘しているという。
商品のこだわりにも興味を持って、まずは黒いネクタイを注文。
仕事の得意先は高齢者が多く、葬儀に出る機会も多かったからだ。
実際に手にしてみると縫製もよく、結びやすかった。
何より、最後に結び目を引き上げるときに「キュッ」と音が鳴るところが気に入った。
スーツを着る機会は少ないが、ワイシャツにネクタイというスタイルがお気に入りなので、他の色柄も欲しい。
電話のやりとりだけでなく、実際に商品を手にしながら作っている人と話をして選びたい。
そう思って「次にイベントの予定はありますか?」と尋ねていた。
笏本さんに会った時は、こう伝えた。
「感覚で信じたものだけを使いたいから選んでます。今日はどうしても作り手さんに会いたくて来ました」
しばらく無言だった笏本さん。
彼がどんな顔をしていたかはわからないが、喜んでいることは伝わってきた。
自分たちのできる精いっぱいで
天井を向いて必死に涙をこらえた笏本さん。
板谷さんの好みや用途を詳しく聞いて、しゃれたペイズリー柄のネクタイを選んだ。
購入して帰って行く後ろ姿を見ながら、「今の気持ちを忘れちゃいけない」と思った。
近くにあった紙とペンを取って、感じたことをメモに残した。
後日、会社に戻って仲間に伝えると、涙を流す職人もいた。
縫製技術に自信はあったけれど、自分たちのこだわりや良さは伝わっているのだろうか。
そんな不安をかき消してくれた出会いだった。
「ネット時代に電話なんて、相手の時間を奪う無駄な行為だ」
そう言う人もいるが、効率だけでは判断できない。
それこそネクタイだって、効率だけを考えたらなくていいものかもしれない。
でも、ネクタイづくりも、電話対応も、自分たちのできる精いっぱいでやり続けよう。
再び、「自分たちのやってることは間違いじゃなかった」と思える日を迎えるために。














