yukio katouのブログ

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子供の頃私たちは、今のようなゲームなどは勿論おことなく、ビー玉やメンコ、鬼ごっこ、かくれんぼ、チャンバラごっこ、駆逐水雷、缶蹴りなどというような近所の子皆で一緒になて遊んだ。泥だらけになって駆け回って遊んだ。だからその中に親分肌のリーダーがいて、ガキ大将となって近所の皆がまとまっていた。我々のグループは10人近くいたと思う。私がが中学1年の頃だったか、中学3年の、私より2つ年上の友がいた。それまでは年齢もあり彼をガキ大将のように遊んでいたが、さすがに中学3年ともなるとあまり遊ばなくなったが、ある時彼が何人かの近所の女の子とにこやかに話しているのを見て、ある種の嫉妬心を抱いたのだろうか、今ではそうとしかあ考えられないが、急に彼を仲間はずれにして「彼と今後遊んだら仲間から外す」と皆に宣言してそれを厳しく守らせた。殻に5つぐらい年下の弟がいたがそのことは遊んだ。今ではとても悔やまれる思いのままだが彼も受験などもあってかそれっきり遊ぶことはなかった。にこやかで、優しいしい性格で嫌われるところなど少しもなっかったのだが、なぜかそうしてしまったのだ。彼とはそれから外で会うとにこっと会釈ともつかない顔を見あせるだけだった。そのまま私が先に引っ越したのでそれっきりあっていないが自分の偏狭さをひどく思わせる思いである。

 中学1年の夏休みだったか、貧しくは暇な私のために、足がかなり悪くアルバイトなどやりたくても探せそうにもない私のためを思って、どこか亀戸あたりのメッキ工場の、長い鉄棒にメッキを塗るアルバイトを探してきて、一緒にどうかと誘ってくれた思いやりの深い彼であった。勿論飛びつくように一緒にやった。泊りがけであったが、大人たちと10名くらいの雑魚寝だあったが、夜中に痒くて起き上ったら電気がついていて皆で「南京虫」を潰しあっていた。私の家にも南京虫はいたが、比較にはならない多さであった。ひとしきり退治してから一応寝たが、それの繰り返しだったように記憶している。でも、兎に角初めてのアルバイトで、最初のお金

を稼いだ経験であったのだ。その誘ってくれた、有難い友をつまらぬことで絶好う状態にしてしまった自分の心の狭さ、意地悪さを今でもつくづく思い知らされる思い出である。

 彼は私と2つしか違わないので、たぶん今も健在でいることと思うが、1度あってその時のことを心から謝りたいと思っているけれど、結局このままで終わってしまいそうだ。誰もが反省しきれないような悔やみを幾つかは抱いているだろうと勝手に思うが、兎に角悔やまれることしきりの少年のころの一こまである。焼け石に水だろうが、できたらこの紙面で、ブログで謝っていたいと願っている。ただ私の一人合点であろうが、それしかないと思っている。