「世は満足じゃ。」

子供の頃目の前で見ていたお神様が確か言っていた気がする。

娘も妹の子供達もお神様にお願いしたらすぐに授かった。

そして、わたしもお神様から授かった。

その他沢山奇跡的だと思える体験もある。

今までの人生の中で、何度も何度も見て、聞いて、体験してきたはずなのに、どうしてわたしは真実だと受け入れられなかったのだろう。本当はそうだと信じたいのに、いや、信じてるはずなのにやっぱり違うのかなって疑いを持ってしまう。

信じては疑い信じては疑いの繰り返しの日々にやっと終わりがきた。やっと。

私達が考えること、行動すること、出会う人、手にする物、手にとる本、食べる物、行く場所、経験することなどなど、私達の人生全てに関わる全てがわたしに動かされている。私が考えていると思っている事でさえわたしが考えさせてそうなるようになっているのかもしれない。

だから本当に私達は何も心配することなんてないのだ。全ては動かされるままに動いている。ただそれだけなんだと思う。

最近分かった事がそれだから、またこの世界への理解というのはもっと変わていって今の考えが浅はかな時が来ると思う。

でもとりあえず、わたしはやっとここまで来る事ができて嬉しい。満足していないと思うことを経験している自分にも満足。だから「世は満足じゃ。」なんだ。

ブログはもう書かないと思う。(今日はそう思うだけなのかもしれないので気が変わるかも。)よく分かっていない者が色々呟いても場が荒くなる。とりあず自分を静かに体験してみる。


本当の自分を思い出す事を本気で求めている人達には必要なヒーリングツールも体験や出会いも全て現れる。その末に今の私がここにいる。それは個人個人の必要に応じて自動的にカスタマイズされることなので、これがいい!っていう方法は当人しか分からない。

わたしは自分を信じて!とか可愛らしいことは言わない。信じるもなにも、私(わたし)はわたし(私)なんだからそうに決まっている。木を見てこれは木じゃないっていう人はいないはずだ。

宇宙は果てしない。これからの人生がどう展開していくのか楽しみでならない。わたしの人生最大の目標は「死後30日間は薔薇の薫りがする!」だ。いつだってハードル設定高めです。

愛と感謝と喜びで循環する世界。その世界は今ここのわたしに在ります。