儀式の無い靴。

 

私の考えの中で玄関でかかとを踏んだまま出掛け、エレベーターホールでかかとを入れても大丈夫なような靴です。靴紐も結んだままで置いていても大丈夫な靴です。そんな普段履きの靴が好きです。

 

靴を履く儀式とは

玄関に低い椅子やベンチを設置して、そこに座り、靴紐を緩めて、かかと側に足を合わせて、靴を履き、緩みを無くし、目的の動きを想定した動きやすいレベルで靴紐を結び、つま先の隙間を確認して、儀式は終了します。

 

そんな儀式が必要なのはスニーカーの進化が進み、かかと部分は着地での姿勢や着地範囲の固定の為や地面を蹴った時の足の変形を効率的にする為に重要なんでしょう。

 

子供の靴でさえ、そんな普段履きを許してくれない靴が増えているような気がします。

 

瞬足史上最大のかかとホールド性だそうです。

 

大人のスニーカーと変わらない感じですね。

 

瞬足はかかと部分のホールド性を謳っています。つまり、かかとを踏んで履いたら、瞬足を履く意味は無いのです。学校へ通うと休み時間毎に外で遊ぶ時に靴を履いたり脱いだりすることが煩雑に発生します。その中で儀式をやっていたら、嫌になってしまいます。

 

晴れの舞台で履く靴と普段履きの靴は変えていかないといけないのかもしれないですね。

 

全ては走る為に必要なことです。歩くだけなら、そんなこと考えなくても良い。山道や競歩なら、別ですが、あまりそんな所行かないですね。

 

シューズバックに新しい靴を入れて、必要な時だけ儀式をして靴を履くことに違和感があります。スポーツをしないからかもしれないですね。

 

子供靴で靴紐式じゃなく、ベルクロや巻取り式が多いのはサイクルシューズみたいに着脱性と固定の確実さを考えると当然なのかもしれないですね。靴ひもを蝶々結びするのにも練習が必要ですね。

 

今度の日曜日、新しい靴をおろそうと思っています。少しの間は儀式をする靴になることを覚悟します。

 

 

 

これはずっと気になっている靴。絶対儀式無しに履けない靴です。

 

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