薄いイエローの車はカイロの夜を快適に走っている。


私は車窓から目を移し、華麗にハンドルをさばく彼の横顔を見つめた。長いまつげ、筋の通った鼻、そして何より、完璧なくるくるパーマ。ツアー初日に皆で立ち寄った大きな香水屋で話し掛けてきた彼は綺麗なアメリカ英語を話し、私たちは意気投合した。彼は、欲しい香水があったらプレゼントしたいから、夜に会ってダウンタウンで遊ぼうと持ちかけた。あとでわかったことだが、彼はこの香水屋のオーナーの甥っ子で、いわゆるボンボンであった。


夕方、ホテルにかかってきた電話で「緑のフォルクスワーゲンで迎えに行く」という話だったのに車がイエローだったのが少しひっかかったが、ともかく彼はよくしゃべり、私は笑った。カイロでのドライブは命がけだ。何しろ、車線もなければ信号もない。広い道路を、車が適当に抜いたり抜かれたりしながらブンブン走っている。たまに馬車も走っている。その間を縫って、人が横断している。車が止まると、誰かがやってきて何かを売りに来る。


途中、屋台に寄って、牛肉を薄いパンでくるんだものを食べた。おお、これがエジプトのファーストフードか。なぜかツアーの夕食は中華料理で、一口も食べられない代物だったため、初めて体験するエジプトの味に、私は感動した。


あ、書き忘れていたが、ツアーで旅行しているのに勝手に現地人と遊びに行ったりしてはいけない。

私は百戦錬磨の経験から来る勘で「大丈夫だ」と確信した場合、かつ相手の身元がはっきりしている場合のみ動いている。それと、別にいつ死んでも良いから面白い経験をしたいという考えのもとで行動している。命が惜しかったり、ネタより安全を取る人は、決して真似しないでね。添乗員さんに、迷惑がかかるしね。どうしても遊びに行きたくなった人は、一筆書いて(誰とどこに行っているか(連絡先)、自己責任なので何があっても自分のせいです、など)フロントに預けておくこと。


さて、車は丘の上に向かってビュンビュン走っていた。…はずだったが、なにやら後ろの方でガタンガタンと音がする。「あ・・・、車が壊れたみたい」と彼は言い、車を道の脇に止めた。後部座席にスパナやネジがあって、一生懸命後ろのタイヤのあたりでごそごそしている。


おいおい待ってくれ。この男は安全に違いないが、車の安全までは確認してなかったよ

初日の夜に、早速ホテルに帰れなかったりしたら…マズい。マズすぎる。そういえば、昨夜空港からホテルに向かうバスも壊れて、次のバスが来るまで待たされたっけ。一日一回ぐらいの頻度で車が壊れるのは、エジプトではデフォルトなのか…?


彼はしばらく車と格闘していたが、「もっと大きいスパナがないと駄目だ」というと、道路に飛び出して両手を振った。5分ぐらいして、トラックが止まって運転手が降りてきた。彼は事情を説明し、大きなスパナを借りて二人で車を修理した。


「できた」


彼は運転席に戻ってくると、何事もなかったかのように運転を再開した。丘の上について車を降りると、私は驚きのあまり、言葉を失った。そこにはカイロの夜景が広がっていたのである。東京でもない、ニューヨークでもない、ロンドンでもない。広い広い平野に光の点がばらまかれていた。高層ビルディングではなく、家々の明かりが砂のようにまかれているのである。


「気に入った?」


彼が言い、私はにっこりして頷いた。


「こんなに素敵な夜景、初めて見たわ」


私はどんな大都市とも違う、特別な都市に来たのだ--私は実感し、これからの2週間の旅に期待を膨らませた。しかし、これはカイロの長い長い夜の始まりに過ぎなかったのである…。