泣けるのは大抵の場合、後悔があるからだ。
会話ができないから顔を見るのもやめたのなら
大の男が(という年齢の人が)人前で
あのように泣くべきではなかったし、
大事な判断から逃げ続け
何かにつけて人の所為にし続けて
最期通告されて肩を落とされてもね。
コロナ禍 週一の機会では
ここからは 知るは本人か神のみ。
せめて、
とか
あの時、
とか
こうしておけば、
とか、とか。
振り向けば
これまで蹂躙し続けた言葉たちが
嘲笑っているように見える。
でも人のことなんて言えた生き方してないし、
寧ろ そんなあなたの苦しみを糧にさせてもらう酷い人間ですが、
それでも少しだけ
その痛みを引き受けると言うことで。
だから(という訳でもないけれど)、
生きているうちに、見せてあげて欲しい。
例えアクリル板越しでも、
これまで培って来た歳月が
景色を変えてくれるだろうから。
生きているうちに、届けてあげて欲しい。
あなたのその
涙に込めた思いの内を。
わたしたちの前などではなく、
そこで叫んで。泣いてくれ。
まだ間に合う。きっと、必ず届く。
だから
愛を。
台風が近づいているからか、今日は少しテンションが落ち着かず。
へんな時間に目が覚めてしまったので、
アマプラで韓国のドラマ「天気がよければ会いにゆきます」の続きをみた。
画角もそうだけれど、色合いや時間の流れ方が、映画のような撮り方がされている。
自然と、本と、温かな飲み物が良く映る。
一緒になにか飲みたくなって
冷蔵庫から牛乳を取り出して、ホットミルクにして飲んだ。
サラサラとテクテクとゆるゆるとゆらゆらと
コッソリとちびちびとほっこりとドキドキと
音楽は気分を変えてくれ、ドラマや映画は気持ちを変えてくれる。
気がついたら雨音はなくなって
しずかな、テレビからの音と声だけになっていた。
続きはまた今度。
大事に少しずつ、観進めていく。
