今、地震が起きた

震度3 だって・・


あれだけ騒いでいた家内が、落ち着いた行動でいつでも逃げられるよう、ドアをあけるしぐさ・・

うーん、人も環境も変わったなあ・・・


ついでに、今、テレビで「キャンデイーズ」のスーちゃんこと、田中好子さんが死去のニュース!

しばらく、呆然。さっき、CMででていたよ(泣)


おかしいよ。

なんか!


あれ、涙が・・・


あ、そういえば、非日常その3だっけ・・


あの日の朝方、5時過ぎ、トイレで顔を洗い、気合いを入れる

そういえば、夜中から朝にかけ、長野と新潟ででかい地震が発生していたなあ


朝5時半過ぎ本部を出発

晴れ割ったた朝焼け、朝の鳥が元気よくさえずりする中、昨日の出来事が嘘に思える


昨日、なにもなく、この景色をみたら、なんて気持ちのいいのだろうと思う


1時間すこしかけ、東京経由で上野へ到着。


取りあえず改札前に並ぶ・・、が、すでに、ひどい混雑、改札迄ははるか先。この日の朝7時過ぎよりJRの運転再開のニュースを受け、相当数に人は各駅へ詰めかけたようだ。


粛々と改札へ続く人の流れに身をまかす。


改札周辺の大型テレビ数台には、NHKのニュースが昨日の惨状を伝える。

それに見入る、自分を含めた多くの帰宅難民者・・・


7時前に並ぶこと3時間少し・・

やっと規制がかかった改札を抜け、方面別の列に並ぶ。

この段階で、列車が動いているのが、山手線と京浜東北線、そして、高崎線の三線のみ


徐々に前に進みつつも、なかなか、ホームへの階段にもたどり着けず

中には強引に割り込む人も・・

でも、そんな時には、並んでいる人々でスクラムを組み、一切入れない。

みんな3,4時間以上並んでいるのに、途中で強引に割り込む人には成敗の2文字


怒鳴り合い、けんかひとつ手前、怒号と罵声の中に自分がいる

だれが想像できただろうか?

なんか、戦後の混乱期のような、夢の様な、景色でした


上野の列に並んで約4時間強、11時過ぎにやっと上野の在来線ホーム

当然、新幹線等は動いておらず、各駅電車で通常2時間以上の道のりを乗って帰る


結局、あまりの混雑(この電車でいうと、多分、埼京線なみの混雑、圧迫され息ができないレベル・・)で

病人が、赤羽、浦和、大宮、上尾の各駅で出で、、さらに、各踏切り(これが本当に、すべての踏切りで・・)で、

そのたびに停車し、安全を確認しつつ、先へ進み、最終的に本庄へつたのが、夕方の4時前に到着


その間、5時間弱、1回もトイレに行かず、本庄から路線バスへのり、5時前に自宅にやっと到着


きれいな夕焼けが印象的だった


夢のような・・夢であってほしい2日間でした・・

すべてが既にセピア色の記憶、そして、非日常的な2日間でした


この震災により、不幸にも命を落とされた方のご冥福をお祈りし、また、被災された方の早い時期での

復活をお祈りします

















地震発生以降、体がいつも揺れている感覚に陥る。いわゆる、地震酔いという症状らしい(テレビ等の報道から。・・)


15時以降、家内とのメールをなんどかやりつつ、義母のいる茨城へ連絡するも、回線はつながらず

なんとか、家内の方でメールや直下電で、コンタクトがとれた模様。仙台の親戚含め、みな、無事の様子 

安心・・・


でも、仙台なんかは、みな、避難している状況・・


まさに一大事


自分はというと、携帯のワンセグでテレビを見つつ、ニュースが都内の地震発生直後(火災発生)をみながら、

「まだ、夢の中か?」と思いながら、同僚と笑顔で会話をする

でも、確実に動揺している自分


夕方になり、会社から非常食「乾パンと水」が配布

こんな状況からか、夕方の時間になっても、おなかがすかない


本来なら、この時間は帰りの新幹線の中、ビールとつまみを食しつつ、のらりくらりとすごしていたはず・・・

それがこのザマ!

まだ、自分の中で整理がつなかいまま、無駄に時間が過ぎる


「晴れ渡った11日の朝、普通に起床、いつものように家内と会話。行ってきますのあいさつ。本社での会議と

昼食・・まったり午後・・」だったのだが・・


いまだに信じられない!


余震は続くよ、どこまでも・・

小刻みに

そして、テンポよく余震が続く

テレビでは、東北の惨状が流れる

想像だにしない光景!200人から300人単位での死亡者の報告

だれがこの日本でこんな事が起ろうと考えてたであろうか?


夕方から深夜になるにつれ本社内の電話は自宅や職場に電話をする人でごったがえす


家内と携帯でメールするも、あちらも余震で相当ゆれている様子

さみしい思いをさせていると思い、早く帰りたいと思いまがらも、

この状況ではどうしようもないとあきらめつつ・・

メールをやり取り・・


同僚と深夜のコンビニをまわり、夜食や本を購入しようとするも、すでに、食品は品切れ・・


寒い中、本社へ戻り、別室の会議室での民放のテレビを一晩中みながら、朝迄過ごす


この日の夜、何人もの人がおきていたか・・、また、地震におびえていたか?、家族の行方も分からず、

さみしい思いをした人がどれくらいいたのか?

想像すらできない、そんな11日の深夜でした







久々に書く


あの日の日常・・

テレビ・ラジオでAcのCM

エーシー♪のCMのアレ


あの日、自社の会議で本社へ。実は、いきたくないなあ・・等と思いつつ、

いつもは新幹線で行く東京(四ツ谷)。


でも、その日は私鉄の特急に乗って、都心の地下鉄乗り換えで本社へ


朝からの会議


昼の食事


そして、まったりの午後の中の会議のはず


そこから長い一日


午後2時45分、隣席に座る旧知のmgrの一言

「揺れてるぞ!」

「う?」

「揺れてるよ」


会議で発表をしている本社のひとは気付かず、そして、我も気づかず、ただ、話に集中


と、感じている間もなく、激しい横揺れが・・


長い揺れ。

おさまってから、激しい動機と動揺が・・・

外に出てびっくり・・

屋内にいた人が出ており、みんな、ヘルメット着用・・

そして、おもむろに携帯をいじり、テレビを見る

火災が起きた、台場の映像、そして、間もなく、近寄る消防車や救急車のサイレノン・・


一・大・時

非・常・事・態

が、無情にも自分の頭の中を横切る


まず。会社より、自分の家を心配する。

家族は無事か?家内の実家は?義母の実家は?・・・等を考えつつ、電話するが、当然つながらず


あせりと妙な緊張の中、直感で携帯の充電器を自社の本社の中のコンビニで購入。

これが、良かった、後々・・・


なんで、こんな事になったのだろう・・・

緊張・不安が体を通り過ぎtる


その中にも、なぜか今日は家には帰れない。そんな予感がした午後3時でした

(続く)