死産後の葛藤と正直な想い
最近やたらと前向きに生きる傾向の日記が連投されていましたね.それというのは、前に進もうと必死になっている自分自身の表れだったように思います.ーかれこれ死産を経験したあの日から8ヶ月ー周囲からすれば「そういえば〇〇...」というレベルの記憶に差し掛かっている頃ですが、私にとっては当時の情景、感情の全てが頭の中と心をいつだっていっぱいにします.これは引きづっているとか、前に進めずにいるとかそういう感情ではなく、それとは全く別物の忘れらない感情です.ただそれを主人以外の誰と共有できるわけでもない以上、いつまでも自分の記憶に強く残らざるを得ないのかもしれません.そんな今朝のこと.こちらの記事にたどり着き、読み進めると久しぶりにブワッと溢れんばかりの涙が出てきました.→家族を癒したJALのサービスはこうして生まれましたーその涙が何を意味していたのかー答えはきっと、この8ヶ月間、本当はもっともっと周りに妊娠中のことや出産時のこと、亡くなった息子のことを伝えたかったのに、伝えられずにいた我慢の表れだったように思います.それもそのはず.周囲からは遠い記憶になりつつあるこの8ヶ月間、私にとってはできるだけ周囲に気を遣わせないように必死に振舞ったり、みんなに合わせて子どものいる場にも足を運んでみたりする、とにかく一生懸命な8ヶ月でした,その裏には、死産した私を扱いづらい人と思われたくないこと、早く普段の生活に戻れることをアピールしたいことなどがありましたが、実際の行動とは裏腹に、その奥にある本当の感情を周囲に漏らさないように必死だったのです.その時間がまるで記事に書かれている方と重なるように思えてしまい、これまでの自分の頑張りまでも理解してもらえたかのように思えて思わず涙してしまったのでした.久々の涙、気持ちよかったです.私たち夫婦もしばらくの間、どこへいくにも遺骨を鞄にしのばせ肌身離さず抱えていました.それは純粋に見せてあげたかった世界を見せ、見たかった世界を一緒に見たかったからです.でもこのことは、経験のない人たちから見たらどう思われるかくらいは簡単に想像がつきましたし、それを避けたいと思うのが私たち夫婦の正直なところでした.ただこのことは、自分にとって想像以上の気遣いと緊張感を与え続けていたことを、この涙から知ることができました.心の緊張が解けた今.まだまだ私には蓋をしてしまっている素直な気持ちが隠されていることに気づいた朝でした.あくまで自分の経験と感情でしかないこのブログですが、今日この瞬間もその日を迎えた方々にとって、少しでも心の救いになることを願い続けています.これまで「死産」という言葉もあえて使わずにきていましたが、思い返せば、今日この瞬間にもその日を迎え一生懸命に自分と同じ経験者を探している方々にとって、共通となるこの言葉があることで救いになるかもしれません.そういうことから、今日からあえてこの言葉を使う場面が増えてしまうかもしれないことを、どうか事前にご理解頂ければと思います.いつもありがとうございます.今日からリセットです