昨年、クスリの副作用で、入院したときに、看護学校の生徒さんが、私に、ついたのですが、約2週間でした。最後の日は、私の退院の予定ですが、兄がなくなって、最後に会えなかったのです。朝9時~夕方の16:00まで、毎日、話などをしていました。その看護学生さんのおかげで、早く退院できたと思います。私のことを大事にしてくれました。歩く練習や私の話、看護学生さんの話をしていました。今年から、本当の看護師になるので、良い看護師になると思います。ハッキリと言って、最後に話をしたかったです。

母親がなくなり、兄がなくなり、母親のときは、言葉を交わせなかってけど、手を振ってくれて、笑顔を見せてくれましたが、😢😢😢兄の時は、病院が、私が、行くまでに心臓マッサージをしていましたので、私が、もうやめてくださいと言いました😢😢😢 母親、兄の時も、私は、入院をしていました。52歳になっても2年間の間に、母親、兄がなくなったので、悲しみ、辛い、苦しいです。今は、ケースワーカーさんやヘルパーさん、訪問看護サービスの人以外は、話もしないです。少し、母親と私を知っている人が、少しいるだけです。死にたくなる時も、ありますけど、前に進むしかないのです。

落ち込んでいますけど、このままではいけないと思っていますので、来週の日曜日から、パソコン教室に復帰をします。通信大学も来年から、行こうと思っています。そして、いろいろと料理教室や陶芸教室など、家に閉じこもってはいけないと思っています。いろいろとこれからのことを考えなければならないと思っています。ケースワーカーさんや訪問看護サービスの担当者、訪問看護サービスの人達、ヘルパーさんなどに助けてもらいながら、進んで行こうと思っています。母親と約束した目標に向かって行きます。出来るか分かりませんが、やって行きます。落ち込んでいるのは、そんなに簡単に克服はできないけど、前に進んで行きます。

これからのことを悩んでいます。考えていますけど、簡単に決められないのです。一人になって、2ヶ月になりましたけど、いろいろな人と会いたいと思っていますけど、会う人は、少ないと思います。私が、精神障がい者ですからと思っていますのは、いろいろな人が、精神障がい者を嫌っているのだと思います。書きたくないけど、書かせてもらいます。母親の亡くなる前に隣の警察OBの人に首を絞められて、殺されかけましたが、警察を呼んでも、警察のOBの味方をして、私を逮捕しようとしたのですから、私は、警察を信用をしないのです。隣の警察のOBの人に、精神障がい者を言いふらされたので、精神障がい者を隠さないようにしたのです。母親と前の精神科の先生と母親の主治医の先生に相談して、隠さないようにしているのです。人を信用をしないようにしているのは、民生委員や隣の警察の人に虐めに合っています。私は、52年間も虐められているので、人の言葉や目を見て、信用できるかを決めています。

明日で、兄が、亡くなって、2ヶ月になります。母親が、亡くなたときも、兄の亡くなったときも、私は、入院していましたので、母親がなくなるときは、会えましたけど、話をできなかったし、兄のときは、行ったときには、心臓マッサージをしていましたので、当直の先生に、辞めてくださいと言いました。
話も出来ていませんので、母親と兄が、亡くなったときは、話をしていません。母親は、私の声を聞いて、手を振って、くれました。前に進んでいるように見えて、本当に進んでいるのか分かりません。一人になると、寂しくなるし、これからをどうしたらいいのか、分かっているように見えて、分かっていないと思います。