講談社が主宰しているサイトで、現代ビジネスというサイトがある。
そこに、ちょっと気になる記事があった。
「世紀の発明「フラッシュメモリーを作った日本人」の無念と栄光」
というもの。
主人公の 舛岡 さんという方は存じ上げなかったし、知らなかったことも多く、興味深い内容だったんだけど、おそらくは記者が誤解していると思われ、誤解の再生産を招きそうなので、コメントしておきたい。
まず、本文に以下のような記載がある。
小さく、安く、大容量。そして何より、電源を消してもデータが消えない。かつて主流だったメモリーは、電源を消すとデータが消える弱点を抱えていた。
これはいくらなんでも表現がバカすぎる。
電源を消してもデータが消えない、なんてのは半導体メモリが登場した70年代からずっと追及されてきたテーマ。
決して主人公の 舛岡 さんが発明したものじゃない。
本文では主人公の 舛岡 さんが発明したものと、それまでの常識とが混同されていて非常に理解しづらい。
なので、以下にメモリ(ROM系のみ)の歴史を書いておく。
まず、書き換えはできないけど、電源を落としても消えない半導体メモリというのができた。
1970年代の話。(それ以前の半導体メモリじゃない時代の話は私にはわからない)
これがROM(ろむ。Read Only Memory)というもの。
初期のROMはデータではなくプログラムの保管用として使われた。
最初のROMは量産でしか作れず、決まったプログラムを何千何万と生産するものだった。
ファミコンとかスーパーファイコン時代のゲームカートリッジにはこういうROM(マスクROM)を使っていた。
次に、専用機材を使って、個々に書き込みのできるROMができた。
これがPROM(ぴーろむ。Programable ROM)。
初期のP-ROMは一度書き込むと消せないシロモノ(OTPROM One Time PROM)で、内容を書き換えられなかった。
それでも、1つづつ別の内容を書き込めるというのはすごいメリットなので、少数生産の制御機器(工場の機械とか)によく使われた。
それでも、ミスがあれば捨てるしかないのはあんまりだということで、消去できるPROMが作られた。
これが、EPROM(いーぴーろむ。Erasable PROM)。
割とどーでもーいい話だが、EPROMに至っては、かなり矛盾した略称になってる。
だって、 Erasable Programable Read Only Memory でしょ?
日本語にすれば、「消せて書き込める読み込み専用メモリ」となる。
消せるし、書き込めるけど、読み込み専用とはこれいかに?
さて、EPROMでは書いたり消したりできるというスゴイ特典が付いた。
ただし、最初はUVEPROM(ゆーぶいぴーろむ。UltraViolet PROM)と呼ばれ、消去には強い紫外線照射用の機器が必要だった。
いわば、超小型のタンニングマシン。
だから、消去したい時は、機械からROMを外して、そのタンニングマシンに入れて紫外線を照射するわけ。これで数分もチンすれば、キレイサッパリデータが消えて再書き込みができた。
UVEPROMは機械からROMが自由に取り外せるのが大前提になってて、一般人が使うことなどこれっぽっちも考えられてない。
これでは今のフラッシュメモリとは似ても似つかない。
これを基板から外さずに電気的に消去できるようにする工夫が続けられた。
その結果が、EEPROM(E2PROMとも。いーいーぴーろむ。Electrical EPROM)。
これが今のフラッシュメモリの直接の先祖となる。
んで、1980年代にはE2PROMが一般化していった。
とはいえ、今度は冒頭の記事にも書かれてたように、それを必要とする分野がなかったんだわ。
当時はROMと言えば、プログラムの格納用が中心で、消えちゃ困るデータなんてのはほんのわずか(数百バイトとか)だった。
であれば、高価なE2PROMを必要とするシーンは限られていて、数量もわずかすぎて商売にならなかったってのが現実。
ファミコンなどでは、高価なE2PROMなど使えず、カートリッジ内に電池を入れて、ずっと電気を流すことで内容が消えないように動かし続けていた。だから5年もすればセーブデータが消えてなくなってしまう。
このE2PROM=高価、という流れをガラッと変えたのがフラッシュメモリ。
E2PROMでは、1ビット(メモリの最小単位)毎に書き込み/消去ができる。
ところが、1ビット単位でそれができるようにするには、書き込みたい場所が「ココだ」と指すための配線がメッチャ必要になる。
配線が多いと、それ用にチップ上の面積が要る。逆に言えば(本来の目的の)データ保管用に使えるチップ面積が減る。
であれば、「ココ」を指すための配線を減らせば、同じ面積でも容量の大きなメモリが作れることになる。
これがフラッシュメモリの本質、なのである。
その代わり、フラッシュメモリは「ココ」を指すための配線が少ないから、書くのも消すのも「ブロック単位」にならざるを得ない。
これがフラッシュメモリのデメリットになる。
E2PROMなら、
1)書き込みモードにする
2)「ココ」の場所と書きたいデータを送る
3)書き込む
4)書き込みモード解除
でOKだが、
フラッシュだと
1)書き込みモードにする
2)「ココ」の場所を送る。
3)書きたいデータその1を送る。
4)書きたいデータその2を送る。
5)書きたいデータその3を送る。
....(以下、必要な回数だけデータを送る)
6)書き込む
7)書き込みモード解除
とやりとりが明らかに多くなり、動作(特に書き込み)が遅い。
考えてみると、この「ココ」を指す配線を減らすというのはコロンブスの卵な発想。
その当時のE2PROMの使い方を考えれば、開発陣からは大反対されたであろうことは容易に想像できる。
とても受け入れられない発想だっただろう。
舛岡さんの活動はフラッシュメモリの特性を生かした全く新しい使い方を受け入れる分野(アプリケーション)を探すところから始まったのだろう。
冒頭の文書ではそのアタリがあまり言及されてなかったのは残念。
舛岡さんが多大な貢献をしたのは、この領域のはずなのだ。
実際、私はフラッシュメモリが登場した時はサッパリその意図が理解できず、「一体ナニを作ってるんだか」と思ってた。
その後の爆発的な発展を考えると実にアサハカで赤面ものだ。
実は、冒頭の記事は以上の内容を知らないと、舛岡さんのお話を正確に汲み取れないはずなのだわ。
ところが、どう見ても記者はそれを知らないわけで、これでは舛岡さんの功績も正しく評価できるはずがいない。
というわけで、冒頭の記事の予備知識を補うネタとして書いてみた。
※なお、私はハードウェアに関しては門外漢で、それほど詳しいわけではありません。
(了)