後1週間で小規模多機能居宅介護に移行することになり、今までありがとうございました♪と慣れ親しんできたデイサービスの人やヘルパーさんにプチギフトを贈りながら挨拶したりしていましたが、
母、尻もちをつき、腰が痛いと言い出して、転んだ当初は歩いていたので骨折はしていないと思うものの、
痛いと言って、寝込んでしまった。
全く起き上がろうとせず、
食事も取らず、トイレも行かず、
ロキソニン飲ませては、ごまかしごまかし、無理矢理パンツ交換させたり、ベッドまで食事を運び、無理矢理食べさせたり、
困り果てていたら、ヘルパーさんが、もうお家での看護は無理なので、小規模多機能に前倒しで入り、ショートステイで対応してもらったらと提案され、ケアマネさんからも連絡をもらい、
急遽、小規模多機能のショートステイでお世話になることにしました。
デイサービスから慣れていき、スタッフの人に慣れたら、ショートステイを始めようという計画でしたが、
いきなりのショートステイ
動けるようになったら家に戻るということで
母には腰が痛いから入院しようと連れ出し、
私は突然楽になり、自分の時間だらけになりました。あれほど時間がなかったのに。
しかし、ショートステイの母は、全く知らない人たちの中で不安は増大し、
一晩目は、助けて!助けて!と叫び続けて眠らず、3日目の晩は食事ゼロ何も食べない状況
このまま預けておいたら、衰弱死してしまうと思い、
翌朝、家に戻してもらい、
納豆卵がけご飯を作り、離乳食を赤ちゃんに食べさせるみたいに、ベッドで寝込む母に、スプーンでひと口ずつすくっては食べさせて、
喉に詰まるといけないので、
ベッドに腰掛けさせて、
私がスプーンを持ち、母の口に運び、
祈るような気持ちで、ひと口、ひと口、食べさせて
このまま食べないと死んでしまうと思い、
母は、もういい、もういらない、
と食事拒否するけど、
あと一口食べて、最後のひと口、あとひと口だけ食べようね!
と何度も最後のひと口を繰り返し
ポカリを飲ませて、
一週間くらい、この納豆卵がけご飯を1日に1膳くらいしか受け付けず、
昼も夜も寝てばかりで
全く食事を受け付けない状況になってしまった。
認知症の最期は食事を受け付けなかなって老衰となるとネットにも書いてあり、
もうこのままダメなのかと、
泣けて泣けて
私も、途方に暮れながら
車椅子の私は母の食事もそのままでは運べないので、ひとつのタッパーに食べ物を詰めて、タッパーを膝に乗せて、母のところに運び、ひと口でも食べて!と祈るような気持ちで食べさせていました。
10日もすると、少しずつ動けるようになり、また、少しずつ食事も自分で取れるようになって来ました。
ショートステイが怖かったらしく、
不穏は酷く、
ここは危険や、こんなところにいたら殺されてまう、まこまこちゃんと一緒に、もっと安全なところに行こう!おかあちゃんとおとうちゃんのいるお家に行けば安心やで、一緒に行こう。
と私の顔を見ると、ずーとその話ばかり繰り返し、可哀想なほど精神不安定になってしまいました。