前編(forever aiai)の続きです

 

3,ライブ(ebichu pride)

 まずは各メンバーが今日への決意を語る映像からスタート。6人となったことを不安がるファミリーの思いに触れつつ,やっさんは6人のエビ中を推すかは今日の学芸会を見てから決めろと啖呵を切る。この口上は昨年のロッキンでももクロのかなこが同旨を宣言したことを想起させるだろう。まさにスタダのDNAというところか。

 他で言及すべきと思われることとしては,まやまは自分が長くエビ中をやっていることに触れ,まやまがエビ中だと言い放ったこと,ひなたはパフォーマンスを引っ張っていく所存であると宣言したことあたり。

 

 映像が終わると,前日とは違いオーソドックスにebitureからスタート。これが終わると,耳慣れない前奏が始まり,何の曲かと思わせたところで始まったのは……シンガロン・シンガソン。前日のforever aiaiの終わりの曲であり,すなわちぁぃぁぃ最後の曲である。この瞬間をもって,シンガロンは終わりであるとともに新生エビ中始まりの曲となった。

 そしてそこからYELL。これも旅立った仲間への餞だろうか?YELLが終わると打って変わってロック・リー,エビ中一週間という初期エビ中を象徴するようなわちゃわちゃ系の曲が連続する。

 

 その後のMC(YELLの後かも)では自己紹介タイムが始まり,いつものように進むかと思いきや,みれいがニックネームを前触れ無く「イマドキ革命ガール」と述べて会場を驚きと笑いで包む。つい12月にあった文春砲の対象はまたみれいだったわけで,毎度のことながら賛否両論だったと記憶しているが,結局のところ下手に黙ったり言い訳したり隠れたりするからややこしいのであって,このくらい開き直っていった方が個人的には好感が持てる。無論反対意見もあろうが。

 続いては未確認中学生X,ハイタテキと表題曲。りったんの「惚れたっ」のコールアンドレスポンスはエビ中でも随一の爆発力ある部分であるし,再スタートに入れるのは納得だろう。そこからは藍色のMonday,紅の詩と,前日にはなかったエビクラシー曲のコーナー。パフォーマンスで引っ張ると宣言したひなたは宣言通りに圧巻の歌声で痺れる。

 

 そこから再びMC。みれいとぽーちゃんとりったんが残り,「煽り対決」。りったんが惚れたっ三連打,ぽーちゃんが新年煽り(?),みれいがエビ中好きかーみたいなオーソドックスな煽り。最後にぽーちゃんが「ない!ない!……お姫様がない!」と叫んでそのまま仮契約のシンデレラ,チャイムと初期曲を演じ,なないろ,頑張ってる途中,あたしきっと無限ルーパー,制服報連相ファンクと繋がる(確かどこかでMCが入っていたと思うのだがいまいち記憶があやふや)。ファンクも来たことで,前日の構成が前編の最後に述べたようなものだったことが頭をよぎり,エビクラシーを全部やるつもりなのだろうかと思考を掻き立てられた。

 その後はEBINOMICS。自分はあまり好きな曲ではないが,この日のこれは前奏がメチャメチャに長く,その間ぽーちゃんが延々とオリヴィアを熱演しており,最高に面白かった。会場全体も湧き上がっており,翌日のペリスコープでも校長が「異様に盛り上がった」と言及するほど。そのテンションのままにオーソドックスなサドンデス。人数がそのまま出る曲であるから,当時より人が減ったことを痛感させられたファミリーは少なくなかったのではないだろうか。ハイライトはりったんの「2018年も興味がない!!」。

 

 ここで一旦メンバーは退場し,映像へ。映像は,新曲の録音風景を映しながら,新曲と再スタートへの思いをメンバーが語るもの。最後に新曲のタイトルが「響」であることが映しだされ,メンバーが登場してそのまま響を披露し,そこから春の嵐,日進月歩,君のままでと,カッコよくかつ聴かせるブロック。音もダンスもあまりにも美しく,今年中にこれを超えるブロックは登場しないのではないかと思わされるほど。

 そこからMCが入り,その終わり際にやっさんが自分たちが一番エビ中をよく知っていると言い,そこから感極まって声がでなくなりながらも,最後に「絶対に負けない」と叫び,涙は似合わないへ。これが終わるとひなただけが前に出て他が横一列のフォーメーションを取り,長い暗転の時間を抜けて,手をつなごう。そこから靴紐とファンファーレへ行き,大学芸会特有の繋ぎアレンジが流れてスーパーヒーロー。大サビから銀紙が舞う中,本編が終わる。

 

 続いてのアンコールパートはまやまが「エビ中の始まりの曲」だと述べて,まさかのえびぞりダイアモンドからスタート。ぁぃぁぃコールが入るBメロを誰が受け継いだのかと会場中が固唾を呑んで見守る中,ぽーちゃんにカメラが当てられ,観客は「ぽーーーーちゃん!ぽーぽーぽーぽー?!」とやや笑いが混じりつつもコール。さて二番もこのまま…と思いきや,二番はひなたにカメラが当たる。「ひーーーなた!」までは全員の声が揃うも,その後は各々がゴニョゴニョと音にならない音を発声しながら笑いが響く。ある意味でえびぞりダイアモンドはこの日一番温かい時間だったといえるだろう。

 そこからゼッテーアナーキー。番号の部分はどうするのかと思われる中,原曲どおりぁぃぁぃとりななんの番号たる6と9も流れ,自分の位置からはよくわからなかったものの,その二つはメンバー全員が跳んでいたそうだ。

続いてはHOT UP!!!で,会場のテンションは最高潮。ぽーちゃんはテンションが上がりすぎて走りながらジャンプしていたとのこと。それもわかるというくらいの盛り上がりだった。

 この狂乱が鎮まると,暗転しての長い間を置いて一直線のフォーメーションからぽーちゃんが大きく息を吸う音が響く。感情電車である。この落差が今のエビ中の強みだろう。なお,これでエビクラシーの個人フィーチャー曲は全曲やったこととなる。

 

アンコールの最後はエビ中の初心ともいうべき永遠に中学生で締められる。自分の周囲は注釈席だからかあまり見受けられなかったが,アリーナの人々は各々肩を組み合って笑顔で満たされていた。

 最後のMCでは,やっさんはその時ステージにいるのがエビ中であると述べ,まやまはエビ中が皆を幸せにすると宣言し,ebichu prideは終わった。

 

 

4,考察というほどでもない何かその2

※前編にも増して妄想強めです

(1) 幸せ

 まず,forever aiaiのぁぃぁぃの喋った内容を把握していた観客全員が感じたことは,ぁぃぁぃの思いをまやまがしかと受け取ったということだろう。ぁぃぁぃは幸せになってねと言い続け,まやまはエビ中が皆を幸せにしますと宣言したのだ。

 さらに,まやまは冒頭の映像でまやまがエビ中であるとも述べていた。これをつなげると,エビ中=まやまがぁぃぁぃの思いを継いで皆を幸せにしていく,という覚悟の表明ということになろう。実際,今までもあった傾向であるが,まやまは映像やMC内で他のメンバーに比べてかなりしっかりと話をしており,責任感が強くなったという印象を受けた。

 同様の変化は他のメンバーにも見られ,ひなたは宣言通りにパフォーマンスを引っ張っていたし,ぽーちゃんの(実は冷静に)周りを見るスキルが向上していたように思われた。

 

 「幸せ」と関連して,コールとは応援であるというこの事実を強く感じるライブでもあった。根本的に人間は音楽に乗せて叫ぶと楽しいと感じる生き物なので(cf:飲み会のコール(これはもちろん賛否があるが)),応援という要素は忘れられている瞬間もあると思うのだが,我々がアイドルの現場で彼女らのニックネームを叫ぶとき,それは確かに応援なのである。

 アイドルオタクの応援が彼女らの力になっているということは実感しづらいかもしれないが,それこそまさにぁぃぁぃのラストブログは,(コールに限定されたものではないにせよ)ファンの応援の力に感謝してやまない。あの部分はアイドルオタクなら読んだ誰しもが目に涙が映る部分なのではないだろうか。

 これらを通じて何が言いたいかというと,結局のところ人が幸福を感じる瞬間は人の役に立っていると感じられたときなのだということである。エビ中はこれからも応援されることでファミリーを幸せにしてくれるだろう。

 

(2) オーケストレーション――統合

 forever aiaiとebichu prideは,ぁぃぁぃとの別れと再出発の儀式であった。これが表テーマだとするならば,りななんとの別れと再出発が裏テーマであったと感じたファミリーは多いのではないかと想像する。

 forever aiaiでは当然ぁぃぁぃがいて歌い,さらにメイドインジャピャ~ンが演じられ,スクリーンと音でそこにりななんがいた。これに対し,ebichu prideでは彼女らが視覚的にも聴覚的にも存在せず,彼女らを思わせる部分はゼッテーアナーキーの出席番号のみであり,映像では「6人」という表現が頻繁に出る。そして極めつけに,やっさんの「その時ステージにいるのがエビ中」である。りななんの訃報以来「8人」という表現が用いられてきたことと実に対照的ではなかろうか。

 

 しかし,これは別れではあっても,過去を切り捨てることではないだろう。その意義は,新曲「響」の中に内包されているのではないかと考えている。

 まず,響の振り付けには,過去楽曲の振り付けが含まれている。MVを見ればわかるが,ハイタテキの指揮,なないろの手を振る動作。前者はまさにオーケストラだからという理由で引っ張ってきたのかもしれないし,後者は他の楽曲でもあったような気がするので偶然かもしれないが。

 次に,MVの映像では,武道館の映像を使っているにもかかわらずそれは一部であり,映像の大半の部分はこれまでのエビ中の映像をつなぎ合わせて作られている。しかもその映像は今の「6人」のものには限られず,「8人」でもなく,「11人」分である。

 最後に,響で何度も何度も繰り返されるフレーズに,orchestrationというものがある。いわゆるオーケストラが派生した名詞であるが,その意味には「統合,結集」が含まれている。そして,サビいわく,「運命と戦うことで 今を奏でる」のである。

 

 これらのことから,ぁぃぁぃとりななんは過去として切り捨てられたのではなく,さらにいえばみずきやなっちゃんやひろのも切り捨てられたのではなく,ある種の「運命」により離れていった彼女らのいた全ての過去の「エビ中」は「統合・結集」され,今後のエビ中を「奏でていく」,というメッセージである,というように「響」とebichu prideを読み取ることができないだろうか。

 ゼッテーアナーキーで6と9が残されて全員により叫ばれ飛ばれたのも同じであり,やりたい放題な初期曲が多いのもこの意思表示だと。11人分とさらにはこれまでのファンの分全ての歴史と物語を背負って再スタートするという意思表示なのではないだろうか。

 

 このように捉えると,前日のぁぃぁぃの問いかけ,パフォーマンス路線は違うという意思表示への返答にもなるのではないか。すなわち,パフォーマンス路線≒エビクラシーは決してこれまでの「“中学生”らしく大暴れ」するエビ中を捨てることではなく,統合し両立していくのだと,ひとまず返答したと受け取れよう。

 

 

 どこまでこの妄想が当たっているかはわからないが,つくづくこの6人を見続けていきたいと思わされるライブだった。次は3月のFCイベ。ebichu pride開演直前のような一抹の不安もなく,ただただ楽しみ。