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さくらはやぶさのブログ

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皆さん、こんにちは。


11月は大忙し 東北の旅から1週間経たずに


今回は、群馬 富岡製糸場 に行って来ました。


会社関係の研修絡みですけれども。



ここは、券売所ですが我々は、団体での入場です


のでガイドさんについて進みます。



平日にも係わらず、この賑わいです。


観光バスでガンガン来るんですね。


首都圏から近いのと、温泉場が周りに


あるので、丁度良いお手頃観光地に


なっているんですね。



この建物は、よくガイドマップにも出てくる


建物ですね。東置繭(まゆ)所というところで


1階は、事務所や作業場で2階は繭の貯蔵を


していた建物だったそうです。



建物は、木骨煉瓦造りで柱の間は煉瓦を積み上げ


煉瓦と煉瓦の目地には、漆喰が使われていて、


すべて地元調達だそうです。


またこの煉瓦の積み上げも工法があり


 フランス積み という独特の工法だそうです。


白い扉は開閉が可能で、通気を良くできるような工夫も


されている建屋になっているそうで、なるほどなあー。



この建屋は、繰糸所(そうしじょ)といって


繭から生糸をとる工場なんですが


奥が広いです、ここは中に入れますので


見学するこにします。



機械の下の真鍮色の容器の中に


お湯が入っていてその中に繭玉が


浮かんでいて生糸を取り出し


上の糸車へ結び糸車が回転し


繭を巻いていく仕組みなんですね。


当時、繰糸器は300釜も設置されて


世界最大規模の製糸工場だったそうです。



この工場は、中央に柱のない建屋で


広い空間を造ることができて


 その構造は、トラス構造と言って


今の鉄橋などに使われている


工法構造で当時は日本にはない


建築工法だそうです。


こうゆう技術は、すべてフランスの


技術者によって造られたものだそうです。


こうゆう技術を見ると 日本は、鎖国によって


大分遅れてしまったんですね。



工場と通路を挟んで反対側には、


女工館といって、器機による糸取の技術を、


日本人工女に教えるための


フランス女性技師の住居だったそうです。


ここで技術を習得した女性たちは、日本各地の


地元の指導者となって、近代日本の絹産業に


大きく貢献したそうです。


でも、この産業は私が高校生の時に読んだ


「女工哀史」では、飛騨地方の12 3歳の女子が


諏訪岡谷の製糸工場で重労働させられ


お正月だけ実家に帰れるのだけれども


そこには、険しく雪深い野麦峠があり


そこを越せずに故郷へ帰れない


という悲しい物語だったですね。 




このブログでも以前紹介した碓氷峠の眼鏡橋も


この絹糸を運ぶ為の鉄道であったのですね。


明治初期の建物を管理維持して行く事は、


大変なことなんでしょうけれども、この遺産を


後世に残していくことが大事なんですね。


皆さんも一度尋ねてみてはいかがでしょうか?


その時は、音声ガイドか説明員さんによる


ガイドツアーにしたほうが詳しく分かりますよ。


それでは、さようなら。