この機関車は、日立製作所が試作したディーゼル機関車・DF93である。
メーカー独自試作機は、整理すると、
D型が、
・DD40(液体式・L型入替用)→三菱が試作、DD92に改番、広島地区で試用、不採用→三菱三原工場内で使用。茶色に黄色い帯。
・DD41(電気式・L型入替用)→東芝が試作、DD90に改番、アメリカ製エンジン搭載、大宮操車場で試用、廃車。DD12Ⅱとして採用予定だったが、不採用。銀色に赤い掌が罹れていた。
・DD42(液体式・凸型本線用・2基機関)→日本車両が試作、不採用→関東鉄道に払い下げ、DD9に改番(国鉄ではDD90を名乗っていないので注意)茶色。河馬と呼ばれていた。
・DD91(液体式・箱型本線用)→三菱が試作、独逸製エンジン搭載、山陰地区で試用、外観を変更し、DD54として採用 赤とグレーの塗装
・DD93(液体式・凸型入替用)→日本車両が試作、名古屋地区で試用、そのまま所属のみ名古屋臨海鉄道に変更し継続使用 国鉄標準色
の5形式、
F型が、
・DF40(電気式・箱型本線用)→川崎が試作、独逸製エンジン搭載、四国で試用、貫通型に改造し、DF91Ⅱに改番、軸配置を改めてDF50として量産採用 当初水色、茶色→グレーと赤→朱色と塗り替え。
・DF41(電気式・箱型本線用)→三井造船が試作、スウェーデン製エンジン搭載、山陰地区で試用、DF92に改番、不採用・返却 白に赤帯、のち茶色と肌色に変更
・DF90(電気式・箱型本線用)→日立が試作、独逸製エンジン搭載、常磐線で急行十和田専用機として試用、秋田に転属ののち廃車 クリームと赤のかっこいい塗装、のちに茶色
・DF91初代(電気式・アメリカ型本線用)→日立が試作、10日ほど試用したのち、台湾に輸出、12両生産
そして、このDF93なのである。

 ここまで見ると、入替用のD型は、東芝を除き液体式で、全て凸型かL型、本線用は外国の機関を搭載した電気式だが、このDF93は、大型機では唯一の、液体式である。
 塗装は、クリームと緑で、大きく「HITACHI」」と描かれていた。
千葉県内で試用したが、大型機にもかかわらず、1000馬力(DD13と同じ)しかなかったため非力で、不採用となった。

だが、ほぼ同じデザイン・塗装で、軸を6から4に減らし、大型なカウキャッチャーを付けた機関車が、泰国に輸出されて使用された。
4軸であれば1000馬力で十分なので、試作機としての役目は果たしたことになる。

さて、模型の方は、車体はカトーのEH10、下周りはイタリア・リマの電気式ディーゼル機関車を使って改造して作り上げた。
これから、窓ガラスとヘッドレンズを入れて、完成させる。











金曜日に、仙台でコンサートがあり、夜遅くなったのでアパホテルに泊まり、土曜日は久しぶりにリゾートみのりに乗車してきました。
震災前は頻繁に乗っていたのですが、震災後は2回目です。しかも、新庄まで通して乗ったのは実に久しぶり。たいていは鳴子で折り返して有備館を見て帰っていました。

さて、冬季なので2両に減車されたみのりですが、グリーン車並みの車内は快適で、冬の羽州路は絶景でした。鳴子では足湯につかってきました。








国鉄ED38型機関車は、もともとは今の阪和線の前身・阪和電鉄のロコ1000という機関車でしたが、国鉄に編入され、さらに秩父鉄道に移って活躍しました。
 国産でありながら、どことなくヨーロッパ風のスマートな姿から、「あしながおじさん」の愛称で親しまれていました。
わたしのあしながおじさんは、紙で造られていますが、以前は、EH10の動力ユニットを台車ごと流用していたので、せっかくの車体とのバランスが悪く、いまいちでした。
このたび、動力ユニットはそのまま、台車をED75のものと交換し、台車枠も板台枠に変えて、改良しました。12系客車を牽かせたくなるいでたちです。