さゆぷ~のブログ

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こんなに長い2月は初めてだった

不正出血で受診し、
排卵していないと言われた年明け

2月のはじめにわかった妊娠

びっくりして、夫と共有
夫も驚いていました

いつものように重い悪阻
でも、今回はふたりがいるから、倒れるわけにはいかない
コロナもあって、義母にとんできてもらうこともできない
でも、いくらがんばっても、いつもどおり入院になってしまうかもしれない

私たちの出した結論は、夫が時短勤務をすること

普段は私が時短勤務をとっているから、
ふたりの曜日ごとに違うお支度を手伝ったり、幼稚園に送迎したり、朝、昼、夜ご飯の用意をしたりするのが当たり前で、夫の休日も私が準備を手伝っていた

そのため、夫が幼稚園の準備をイチから全部するのは初めて

夫はやる気まんまん!早朝からご飯の支度をして、遅いお迎えでヘトヘトなふたりのお世話まで、想像だけでもしんどいのに不慣れな夫に頼るなんて申し訳ない。
ありがとうしかない。
できるかな、やってもらうしかない、引き継ぐ体力のあるうちに…ケトンが出る前に、何かを口にできている間に、引き継ぐよ。間に合え!

こどもたち…ふたりも、毎日朝早くから遅くまで預かりで、きっと疲れてしまうだろうな、大丈夫かな。
心配しても仕方ないけど心配。

それに、2月はお遊戯会もピアノ発表会もある。
年長さん、最後のお遊戯会、見に行けなくて悔しい。
年中さん初めてのピアノ発表会、見に行けなくてごめんね。

悔しくて、自分が情けなくて涙ばかり出てしまう。でも体は動かなくて、

2/15 仕事を早退し、診療所へ。赤ちゃんの心拍をようやく確認できた。先生の、「週数より小さいから、予定日が変わるかも」という言葉と、心拍の速さが上二人のときよりゆっくりなことが気になった。質問する勇気も体力もなく、ついにケトンは3+
 毎日頑張って食べてたのに。お湯だけは飲めるから、必死で沸かして飲んでたのに…診療所で点滴を受け、入院をすすめられ、土砂降りのなか母子手帳をもらい、なんとか帰宅。

夫と相談し、入院の準備、そして幼稚園やイベントの引き継ぎ
一生懸命メモをとってくれる夫、こんなに頼もしい人で本当にありがたい

2/16 ふたりの産院へ 息切れがひどく、しんどかった
受付さんが機転をきかせてくれ、寝て診察を待つことに 待つこと3時間半
ついにケトン4+
先生「これは…大変だったね。入院できそう?大荷物だね、準備してきたのかな。とりあえず赤ちゃん見てみようか

…赤ちゃんの心拍、昨日は見えた?ここ、赤ちゃんね、拡大してみたけど、確認できないね。。。
とりあえず入院して、このあと病棟でもう一度見てみようね」
励ましてくれたけど、私にも動いている心拍は見えなかった。

病棟に上がってすぐ診察へ。ふたりの悪阻でお世話になった先生「あ!お久しぶり✨」と笑顔で挨拶してくれたけど、すぐに笑顔が消えた。
「赤ちゃん、残念だけど…」診察台が下がる前に、涙で前が見えなくなった。

先生も、助産師さんも、私の気持ちを支えながら、今後の説明をしてくれた。
今日はPCRと点滴をして帰ること、明日も点滴に来て、術前検査をすること、明後日手術で赤ちゃんとお別れをすること

赤ちゃんはもういないはずなのに、悪阻は相変わらずで、帰りのタクシーでも帰宅しても嘔吐し、そして横になることしかできず

ふたりには涙は見せられないと、笑顔を作るも力は出ず。まだ小さいのに、ふたりとも私に気を使って「おかあさんだいじょうぶ?」と近づいてくるけどそれ以上はせがまず

遅い帰りで疲れている夫とふたりの優しさ、思いやりが心にささる
何もできない自分に怒りを感じる力もわかない
私が情けないから、赤ちゃんはいなくなってしまったのかもしれない
夫との大切な3人目、守りきれなかった 申し訳ない…
いくら泣いても涙が止まらない
お遊戯会やピアノ発表会に行けない悲しみで泣いていたあの涙のせいで、赤ちゃんがいなくなってしまったのかもしれない
私を、ふたりの発表会に連れて行きたくて、諦めたのかもしれない
そう思うと心がつぶれそうになった

2/18 赤ちゃんとのお別れの日
悪阻でおちびさんを感じていた もういないのに
寒くて震える私に、オペ室の看護師さんが優しかった

麻酔で寝ている間に、いつの間にかお別れが終わっていた おちびさんの姿を見ることもなく

お休みだった夫は、コロナで面会できなかったが、「ヨメさんの大事な手術の日に髪を切りになんて行ってられない」と、随分前にしていたカットの予約をキャンセルして、家のこと、子どもたちのことをいろいろやってくれていた

夕方、久々にお腹が空いた私は、おにぎり屋さんでおにぎりを食べて帰った

この期間、私にも自由はなかったけど、夫にも同じように全く自由はなかった
趣味もしばらくおやすみして、文句も疲れたも言わず、黙々と家のこと、子供のことをしながら、私の心を支えてくれた
これが我が家の大黒柱なんだな、どこよりも強いんだな。と思った
本当に頼れる夫だ
私は何かを返せるのだろうか

母はいろいろ心配して、食べ物をたくさん届けてくれた 父は部屋代や移動代を出してくれた
義父母も、遠くからいつも気にしてくれて、義母は赤ちゃんのことを一緒に泣いてくれた

3月になり、仕事に戻れるという話をしたら、長女が「おかあさんおしごといけるくらいげんきになったんだね!」とキラキラした目で喜んでくれた。体調不良から10日ほどたっていたけど、まだあの非日常を覚えていたよう
ひとの体調を気遣える、素敵な子に育ってくれていることが嬉しい

「今回のことで、この子たちが生まれてきてくれて、元気に大きくなってくれていることは、奇跡なんだと知った
赤ちゃんは、今の生活を大切にしてほしくて、それを伝えに来てくれたのかも知れない」
私がそう言うと、夫も同じように思っていたと話した

忘れないように、今を、家族を、自分を大切にして、生きていこうと思う