世界ってなんだろ。
知り合いのお兄ちゃんの名前でもある。
その世界さんの名前を
聞いたときはほんとしびれた。
名付けるときどんなことを思って
つけたのかなあとすごく気になる。
会えたことのないその子のお母さんに
聞いてみたかったなあ。
世界ってまあ、
地球規模で考えがちな気がするけれど
今の私にとっての世界とは。
ちいさなこのスマホの中に
ぎゅっとしているのです。
なぜかというと。
今までの世界は、
小さい大きいとかそういうのはなしにして
どこに属するか、ということで
例えば大学3年の終わり頃の私の世界は
1.大学生
2.我が家の一員
3.塾講師(集団)の先生
4.塾講師(個別)の先生
5.イタリアンバルの酒作る人
6.恋人の恋人
まあざっくり言えばこんな感じ。
昔からそう。
何か一つということがなくて、
小学生の時もそう。
小学生のコミュニティとなると、
1.学校の友達
2.いとこ
くらい?
わからんけども
3.学童の友達(学区内じゃないとこなので同じ小学校の友達がいないところ)
4.祖父母(学童が祖父母家の近くだったので学童後は毎日帰ってた)
5.祖父母の家の近所の人たち、友達
6.公文式での友達、先生
7.スイミングの友達
8.保育園の時の友達
みたいな感じで、
なんだろう、いろんなところに
逃げ場があったのです。
そりゃ年もとれば、
小学生のとき、中学生の時、高校生の時
てな感じで、私の言う世界は広がるけど
二足のワラジみたいなノリで
生きてくことが多かったなあと。
そんななので
どこかが少し嫌なことがあったとしても、
こっちの世界は楽しいぞと
逃げ場があったというか。
まあ何が言いたいかというと、
社会にでるまではずっとそんなんで。
ただ社会に出た途端、
言い訳がましいが、
パワハラ等もあるし副業もできない、
世界が一気に、家と会社だけになり、
まあ強いて言うなら恋人?も
一つの世界だったけども
急激に逃げ場がない感じになった。
というより、
仕事→パワハラの嵐
家→厳しめの親との衝突
恋人→唯一の癒し
って感じで、
恋人、責任重大だったな、
そりゃ重かったよなあと思う。
かなりそんな感じで生きていた
社会人1年目。
そしていろいろあり、
仕事もやめ、同棲からの一人暮らしとなり
世界は、
家族とワンルームとハローワーク
と言った感じになった。
これもこれで窮屈そうではあるけど
今は意外とそんなことはなくて
実は他に世界があって、
現代だからこその部分なのですが、
それがスマホ。
今やなんでもできてしまう。
特にやばい発言をするとSNSが、
世界の一つになり割合がでかくなった。
あ、中学時代の世界の一つに
インターネットがあり、
その中で
ホームページ作成
絵を描く
BBS(掲示板での会話)
と枝分かれしてたので戻ってきた
と思ってもいいのかもしれないけども
今は
Twitter、アメブロ、インスタ、Facebook
いろいろやってまして。
Twitterはみんなへ満遍なく
知られてもいいこと。
アメブロは人に話すにはめんどくさいこと
聴く側もめんどくさいだろうから
ここで勝手に話すよってとこ
インスタは
1.リア友向け まとめた近況報告
2.裏垢 どろどろのおれ、好きなもの
3.インテリア垢
って感じで、枝分かれしてる。
それぞれの世界で雰囲気は違えど
自分らしさを爆発させて、
その時々に合わせて使い分けてる。
こちらがダメならこっちだ!と
ある意味逃げ場を見つけてしまった。
人に聞いてもらえなくても
話せなくても関われなくても
逃げ場があるだけで人って救われる。
眼精疲労も肩こりもやばいし
よくない部分もあるけれど、
こうして救われる部分もある。
中学でいじめにあったときも、
部活のメンバーはクソ、でも
クラスのみんなは最高、みたいに
あとはネットでは誰も何も干渉しない
よいものはよい、悪いものは悪い
それだけっていうのにすくわれた。
諸刃の剣ではあるけども、
そうした世界も、
世界の一つとして認められたら、
いじめとか傷ついたりして、
引きこもってしまったひとも
そういう世界で、生き生きできれば
それでもいいんじゃないかと
思ってしまったり。
何が言いたいかよーわからんが。
ようは、いくらでも世界は
あってもいいし規模だって、
小さくてもでかくてもなんだっていい。
それは他人が決めることではないってこと。
インキャかよwwwとか
いってくるやつほど、
世界、少ないんだなあと、
心の中で哀れんじゃえばいいと思う。←
だから今の私は誰に何を言われようが、
この沢山ある世界で、今は楽しみたい。
色々調べて、勝手に独り言として発信して
楽しんで生きていたいって思ってる。
それをずいぶん遠回りして
言いたかっただけだったり…
はは。
また肩凝ってつかれてきたので
そろそろ寝ることにする!
おやすみ!