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the dog which called luv

にっこりにんまりすてきねおしあわせに〜




高卒の両親が、一生懸命、私に与えてくれた道。
十分すぎるくらい。
浪人もして、私立理系大学に通った。

3歳から公文式を習わせてもらい、
中2から塾にも通い、
小中まではなに不自由なく、勉強ができた。
高校に入り、塾をやめ、自分の実力が
こんなものなのか、というものを思い知った。

実力と努力が足りずに浪人をした。
現役も浪人も塾に通わせてくれた。

それにより、現役入学してたらボロボロだった
知識が、浪人することによって培うことができた。
素敵な人たちとも出会えた。
苦しいけれど人生において勉強になることもあった。

大学に入っても、バイトはやり続け、
1~3年まで忙しいながらも週5で働いた。

私は自分で、ものを買って、携帯代を払って
やりくりしてきた、と思った。

けど、その土台は父母の血と涙の結晶だ。
どれだけのお金がかかっただろう。
私はどれだけの期待を裏切っただろう。

考えれば考えるほど、それでも応援してくれる
両親はほんとうに偉大だと思う。
一生頭が上がらない。

土台を、自分の実力と勘違いする人がいる。
私もその1人だ。
でも親がいなかったら、今の自分はいない。
必要最低限のものが絶対ある状態で
生きてけなんかしない。

自分のやりたいこと、それができなかった
というのは、親のせいにすべきではない。

幼い頃から留学ができてる子が羨ましい。
でもその子がすごいんじゃない。
その親がすごいんだ。

私はもうすぐ、両親たちが親になる歳になる。

結婚や出産はまだまだかもしれない。

でも、親たちの年齢になることは、
少なからず子供になにかをさせられる可能性がある。
その可能性を子供がいないぶん、自分がやりたくてもできなかったことに費やそうと思う。

子供の頃にいけるのはいいことだ。
でも子供の頃に行かないとだめ、ということはない。
大人だって十分すぎるくらい可能性はある。

そんな可能性があるということを作れるということを
教えてくれた両親には感謝しています。

遅すぎることなんてない。
あるとしたら出産くらいかな?
あとは親がいるうちの親孝行か。


とにかく、自分の両親が作ってくれた
土台には常日頃から感謝をし、
他人を羨む原因になる、土台は、
あくまで両親が作ったものであって
その人のものではないと、気にしないようにしよう。

私はこれからさらに、自分の基礎をしっかり作り上げたい。
揺るぎない、崩れない、つよい家をつくる。
人を守れるような、そんな家のために。