ブログネタ:東日本大震災について今思うこと
参加中2011年は私にとっても「震災」につきる気がします。
直接被災した訳ではありませんが、
3.11以降は、自分の生き方をものすごく問われている気もしています。
以下、震災について思ったこと羅列。
①「生きる」ということは何が起こるか分からないことの連続なんだと改めて思い知らされた。
②地震国である日本に原発を立てたことや、放射能被害についてあまりに無知だったこと。
③常に「選択」して生きているのに、安心神話の中にいると、自ら「選択」したことも、自分の意志で決めたのではないことのように感じ、人のせいしていた。そしてバカな私は今もしてる。
①と③については、相変わらず自分のことなんですが、
②については、ちょっと想像以上に知らない自分にびっくりしました。
そして、なんだか分からないけど「怖い!」と正直に思う自分で良かったなーとも。
②について、もう少し。
水素爆発直後、、、、たしか3.12?3.14?両方でしたっけ??
あの衝撃的な映像を見て、それからネットで本当に大丈夫かなー?と調べまくったり、
この「大丈夫かなー?」という気持ちの処理が自分だけではできず、
結局埼玉の実家に3.20頃、帰りました。
両親や親友と話して、だいぶ気持ちが落ち着きました。
仕事があるので2泊くらいでしたけど、、、
今考えると、帰らなきゃ―よかったなー。
3.15頃、関東にプルームがやってきて雨を降らせてるから、
それ以降だから、私も確実に被曝しております。。。
その後、GWは海外に行ってまして、帰ってきた頃から、、
口内炎が過去最高できました。
口の中に5,6個、口内炎ができるのはつらいですねー。
牛乳についても、やめたのは6月頃。
6月以降、食材をものすごく気をつけるようになりました。
セシウムに汚染された牛が市場に出回り始めたのはこの頃でしたっけ??
あの頃の新聞は、セシ牛とか、、、それだけ見たら、「なんじゃそりゃ!」という感じですけどね・・・。
震災は私に「世の中を疑う目」もくれました。
3月以降、メディア(テレビや新聞など)は全く信じられなくなり、
自分で納得できる情報をネットで探してくる毎日。
原発関連のニュースをひろっていくと、それ以外のうさんくさい話しも沢山出てくる。
「知らない」というのは本当は恐ろしいことなんだなーと。
メディアは、「この情報はこうやって出そう」、とか、「この情報は出さなくてよし」とか、
情報を操作している、ということもを初めて知ったし。
3.11以前の世界は、メディアが作った世界を信じてきたし、知る必要もないと思っていたけど、
3.11以降は、そんなこと言ってられなくなりました。
生きるか死ぬかの世界にならないと、人は本気にならないんですね~。
今は食べ物による内部被曝と、瓦礫処理問題が非常に気になります。
汚染されてる中古車両についてやっと新聞で取り上げてきたので、
そろそろ対策がとられるかしら?とか。
気にしてる人と、気にしてない人の落差がどんどん開いてるんじゃないかとも、心配しています。
みんなが意識して、自分の健康、家族の健康について真剣に考えてくれるといいなあと思っています。