お久しぶりです、ご無沙汰してました。
日曜におじいちゃんが亡くなりました。
最後に元気な姿を見たのは
もう何年も前のことで
ここ数年は大きい病気しちゃって
ずっと施設とか病院で寝たきりで
もう家族の顔もわかんなくなっちゃって
っていう状態だったから
お母さんはともかく
私はそんなにたくさんお見舞いに
行ってたわけでもなくて
実際、実感がすごく薄かったんだけど
昨日と今日がお通夜と告別式で
お棺に入ったおじいちゃん見たら
なんだか一気に実感がわいた。
こんなに痩せこけちゃったんだとか
もうしゃべってくれないんだなとか
この目は開かないんだなとか
おじいちゃんって呼んでも
もう笑わないんだなとか。いろいろ。
父方のおじいちゃんも
もう亡くなってるけど
それは私が3歳のときだったから
身近な人の死を近くで見るのは
これが初めてだったりする。
今日の告別式で
火葬場に行く前にお棺の中に
みんなで花をたくさん敷き詰めて
きれいに飾ってあげたんだけど
お母さんがすごく泣いてて。
まあ自分の親が亡くなったんだから
当然なんだけどさ。
そのとき考えたんだよね。
私耐えられるのかなって。
お父さんとかお母さんが死んだとき
ちゃんと送り出せるのかなって。
泣いて泣いて遺体にすがりついて
離れたくないって喚きたくなっちゃうよ。
私だったらさ。
愛する人の死って、かなしい。
歳をとるごとにその機会は増えていって
いろんな人の死を見なくちゃいけなくて
そう思ったら、
歳をとるのが少しこわくなった。
乗り越えていくしかないんだろうけど。
元気なうちにたくさんたくさん
好きって伝えといたほうがいいよね。
あーもうだめだ。
こういうの考えるだけで泣きそうになる。
でも帰りの車の中で
お母さんが骨壺抱いて嬉しそうにしてて
なんで嬉しそうなの?って聞いたら
おじいちゃんと一緒に帰れるから
って言ってるの聞いて
あーそっかって思った。
魂が肉体から出てっちゃうだけ
ただそれだけなんだよきっと。
思えばきっとそこにいる。
位牌も遺影も骨壺もいま家にあるけど
多分そういうのがなくても
いつも近くにいてくれてるんだと思う。
そうやって考えたら
ちょっと気持ちがやすらいだ。
これからもっともっと暑くなるけど
おじいちゃんが天国で
安らかに眠れていますように。
なんか、重たい話題でごめんなさい。
明日からまた学校がんばります!
じゃあおやすみなさい( ^^ )