栄養ドリンクの略はエードリ -24ページ目

栄養ドリンクの略はエードリ

病気(癌)・猫・神社仏閣・城・パニック障害・発達障害・愚痴

それらを書いてます


記録書かなきゃ!と思って早一年と一ヶ月
脳みその中は
妄想、願望、被害妄想(笑)

去年の今頃は、追加治療の抗癌剤をするかしないかの決断を迫られていたなぁ~
゚゚(´O`)°゜゚

そして、しない決断をした!

ちなみに、抗癌剤の追加治療は、
私みたいに進行癌で 尚かつ 再発リスク因子が2つ以上合った場合(手術時に摘出した臓器の病理検査)に勧めるらしい!

私はリンパ節への転移は、無しだが
脈管浸潤が有り
つまり、全身に流れてる可能性あり

目に見える癌は、取り除いた
リンパ節には、転移無い
でも、流れてるかもしれない
だから、叩いとく?的な。

転移は、無い。
でも、叩いとく?
でも、叩いても、再発リスクがゼロにはならないよ
半年叩いて、半年遅らせる(再発を)

叩かなくても、再発しない人もそりゃーいるさ
叩いても、再発する人はする
ただ、再発を遅らせる事が出来る

あなたならどーしますか?

結果的には、私は抗癌剤は拒否

地味に仕事も出来てるし、今を綺麗に過ごしたてる

ちょうど仕事も復活して一年だなぁヽ(●´∀`●)ノ


マイナスイオン求め 東へ西へ


富士 朝霧方面




白糸の滝
日本でも珍しい湧き水の滝です。
四方から流れてるの






水がものすごく綺麗で澄んでる






当然、常に霧吹き状態(笑)(๑¯ω¯๑)

気持えがったぁ





《記録》

4月13日 術後5日目


あまり常用したくは無いという思いは強いけど、
12日pm23時に眠剤服用
13日am2時30分頃には目が覚める (´Д`)

目覚めはするがまた直ぐに目は閉じれる
そしてまた一時間後とかに目が覚める・゜・(つД`)・゜・

13日am5時 完全に目が覚めてしまったので諦めて起きていようと思う

5時じゃ、普通に起きててもいいでしょ と 思うかも知れないが
ただ ただ、ベッド上で目を開けて居るだけの起床は割りと辛い

まだ歩きまわる訳にいかず
身支度するにも 隣がいるので
ガチャガチャは出来ない
天井見つめてるだけの苦痛(。´Д⊂)


今日は日曜日で子供達が来てくれると言う

10時頃には隣のオバハンが退院していった
因みに、オバハンの前に退院して行かれた方は

『では、お先に。お互い体は大事にしましょうね』的な会話の挨拶があったが

オバハンは迎えに来た家族とペチャクチャ喋り倒し
病院の悪口を散々言い消えてった....

別にオバハンと御丁寧な挨拶を交わそうと思ってた訳ではないが
先に退院していく者は、一緒の部屋に居た人間に一言位は残して行くものだと思ってたから
自分の常識と他人の常識とはやはり違うものだと納得させるのに時間は掛けなかった


入院する前に少し触れたが、
薔薇園や池、ちょっとした滝等がある外庭に子供達が来たら 散歩で出ようと思う

10Fの病棟から見渡してて
鯉のぼりが3箇所確認出来ていたので

『鯉のぼりをみつけよう!』
と子供達と散策してみる予定


体調も、昨日より今日!でとてもよい!ヽ( ̄▽ ̄)ノ
ただ気になる事が....
尿の管だけはまだ着いたままで
点滴はしてないが、カラカラ引っ張って歩かなきゃならない(; ̄ー ̄A

その管に少し異変....

管と言うよりは 私の体に異変と言う言葉はが正しいのかな...

尿が濁る時があり、別に発熱や傷み等はなかったのだが
管に溶き卵のスープのようなカスが確認出来た

*具体的で申し訳ないですm(__)m

ビビリなので
早速看護師捕まえて

『このカス何?』と聞いてみた

看護師はサラッと
「あー、カスカス出てるねー」
「お熱とかないですよねー」
「膀胱炎っぽくなってるから水分多めにとってねー」と。

pureなアラサー直ぐに従う(`◇´)ゞ

従うが、カスカスは減る傾向には無かった

そのうちに子供達到着
隣も居ず、気を使う事もあまりなく 結構長く時間を過ごせた
オバハン退院万歳\(-o-)/を改めて感じた瞬間だった


夕方近くに子供達が帰って行って
書いて行ってくれた手紙と私の似顔絵をニマニマしながら眺めてたけど、ヤッパリ 気になるカスカス...

素直なアラサーは更に水分投入(´ー`)σ

なかなかお腹が苦しい状態よ(´ー`)ノ

術後2~3日目のリンパ液がお腹にパンパン状態と似た感じで
横になってるのが苦しく感じるように(*_*)

そして気が付く。出てない。

*尿の量を時間で計り紙に書くので

水分多めに投入してるにも関わらず 出てない

苦しい

出ない!苦しい!出ない!苦しい!

看護師を捕まえて、訴える

管が詰まってるとの事で生食を流すも 管の詰まりは一向に改善されず

苦しいのと、処置して貰っても改善されない事の不安感からパニック過呼吸

過呼吸の処置で看護師がビニール袋を口に充ててくれたが
私は(顔の回り等に)自分では意としない事をされると発作をおこす

【ひろば恐怖】と言うパニック持ちなので逆効果(;´д`)

ひろば恐怖=広い所が怖いとかとはちがいます(´ー`)ノ

看護師は別の看護師を呼び、
どう尿の為の管(カテーテル)を替える事を決断

精神安定剤をもらい、私の発作が収まってから処置しました


新しいのに替えて貰った時、
膀胱内に溜まってたお小水が1000mlあり最後は血尿で凄く恐怖だった

1Lが出ず溜まってた事に
『膀胱の限界値まで溜まってたって事ですよね?』と聞くと

二人の看護師が私の質問に対して
二人の世界に入り会話し出した

「限界越えてたよね...」
「うん血尿出ちゃったもんねー」
「膀胱破裂...しなくて良かったー」
「うん。しなくて良かったよねー」


(。。;)←私


「500とか600でも多い位だからねー」


・・・・・私居ない時に喋ろ・・・・


処置室から部屋に帰ってきてからも、
残像と恐怖がよみがえってきて
隣が居なかったから 夜中でも気にせず泣いた

看護師が眠剤を持って来たので素直に飲み
5時前にまた起きてしまった



《記録》4月14日 術後6日目

ここにきてからほぼ毎日が2時間睡眠
だいぶ精神がやられてきた

それに加えて 今日から水分訓練が始まる

術後7日目でどう尿の管を抜き 排尿訓練に入るのでその為の前日訓練

一時間で100mlの水分を朝6時から夜7時まで

7時以降は飲まない
*薬を飲む時は最低限の水量で飲む


実は術後3日位から、病棟を歩きまわってる時にやたら話し掛けるおばちゃんがいた

おばちゃんは自分で自己紹介をしてきていた

「貴女が(手術が終わって車椅子で)この病棟に戻ってきた時に私、貴女の事みてるのよ」

「私その時術後2日だったか3日日で、頑張れーって思ったの」

「私、(子宮)体癌。貴女は?」


やべぇ・・・・めんどくせぇタイプだ・・・

『...私は頚癌のほうです』

「そう!貴女まだ若いわよねぇー」
「私は55歳」
「私みたいな年でも子宮無くなるの辛いって思うのに貴女じゃもっと辛いでしょ」


・・・・本当に本気で今 私を哀れむなら そんな事は言葉には出さないと思う
と、私は思った

だから、おばちゃんはキライだo(`^´*)

人の精神状況、等 お構い無しで
私が 私がを強調してくる


おばちゃんは、体癌
私は頚癌

おばちゃんのstageと術内容
私のstageと術内容は違うのに
自分ペースで喋る

そして 明日 明後日の私の処置を自分の経験に当て嵌めて語る

おばちゃんと私は違うのに

廊下ですれ違うたびに長く捕まるので
病室から出るのが嫌になりかけていた


うまく寝れないし、部屋からも出たくなくなっていたし
私の精神は崩れていった

それなのに、ワザワザ部屋を探し当てたらしく
病室におばちゃんが入ってくる
食事を一緒に食べようと言う

こちらの応えを聞く前に私の膳を持ち
デイルームと言う 病棟内にある 患者さんや家族が好きに過ごせるルームに運ぶ

そこは大型テレビが無料で開放され、
お茶や冷水は飲み放題
PCルームや携帯電話Okコーナーがある開けた場所

おばちゃんと二人きりじゃないのが救い

救いは救いだが、私の意見も聞かない お節介おばちゃんとの食事は凄まじい

おばちゃんは、私に強要する

「ここの食事は塩分濃すぎるわよねぇ。貴女も減塩にしなさいよ」

「ここのご飯の量は多すぎるわよね。貴女も減らしなさいよ。看護師に言えば減らしてくれるから」


「あら?ご飯の量減らしてないじゃない。言わなかったの??減らしなさいよ」

「あら?減塩にしてないじゃない。言わなかったの??言わなきゃダメよー」

「ちょっとゴメンね。そのスープ飲ませて」

「からっ!こんな塩辛くて飲めないわよねー」

「私、減塩にしてるのに全然減塩じゃないわよー塩辛くてのめないわよ。本当にここってダメねー」


ね?私が病室から出たくない気持ちわかるでしょ?

因みに私は、病室にお膳を運んでもらうようにしてるけど
おばちゃんはデイルームに運んでもらうようにしていたの
そして勝手に配膳の台車が来ると私の膳を配膳係りの人から受けとりデイルームに持って行ってしまうの

私はまだお小水の管が抜けていないので
両手でお膳を運ぶ事が出来ないので
おばちゃんが持って行ってしまった膳をまた自分の病室に持ち帰る事が出来ない

患者どうしのいざこざは避けたい

だからデイルームに行く
精神を崩す

悪循環・・・・


部屋に居るときはカーテンを常にフル閉めしてた
それでもおばちゃんはワザワザやって来て
「開けていい?」と言う

おばちゃんにこそ、精神安定剤を処方して戴きたい!

おばちゃんは未婚でパートナー&子供なし

高齢の母親が居るが、仲が悪いらしい

ペラペラ喋る
調度手術組が私達位しかおず
あとは抗がん剤の方と言うマレなパターンでして喋る相手が私しか居ないのだと言う

いい迷惑だ。

そしてそしてそして・・・
言ってはいけないタブーを平気でおかす




「昨日、●●室の患者さん亡くなったわよ」

「え?知らないの?」

「凄く●●で、凄く●●だったわよ」





おばちゃんなんてだいっきらいだぁーΣ( ̄皿 ̄;;


二度とお前とは顔会わせん!と心に決めて
次回からのお食事お誘いを断った

おばちゃんは自分が犯した罪は理解していないようだった


月曜日と言う事で新しい入院者も入ってきて
私の隣のベッドも埋まった
お隣さんは抗がん剤治療の方
そしてこのお隣さんもまたある意味最強だった(┬┬_┬┬)


今日は おばちゃんのルール違反もあり涙が出てしまって
お昼頃に精神安定剤をもらう


早くここから出たい
違う意味で加速的に病んでいく



《記録》4月15日 術後7日目

今日はお小水の管が抜ける日

それに伴い、腎臓から膀胱までの流れを確認する為検査

MRI同様、パニックを抑える為精神安定剤を飲んだが
パニック発症で落ち着くまで中断させてしまった



事前に検査には30分程掛かりますと告知があればきっとパニックは最小限だったんじゃないかな

病棟看護師はただ、検査だからエレベーターで外来に降りて下さい
精神安定剤飲んで下さい としか言わなかった


精神安定剤の効き目はどれくらいなのかな



あまり薬に依存したくはない・・・・・


しかし・・・・・
お隣さんは、独り言が多い。。。。。
しかも、カタコトではなく
はたから聞いていれば
確実に誰かと会話している
しかし・・・・ひとりなんだ・・・・



たまに ふふふとわらい、
たまに誰かに向かってツッコミしてる
ボケてる相手は空中にいるみたいだ(*_*)

誰か!私をたすけてー
(/≧◇≦\)







昨日から腫瘍精神科のdoctorの診察を受け始めた私でした・・・・
体の中の癌は手術でとった
心の中に入り込んだ癌を追い出さなくては・・・・




4月13日~15日までの記録


《記録》 4月10日 術後2日目

お腹にリンパ液がたまって寝ていても苦しい
なので、傷口が痛くても点滴を引っ張って へっぴり腰でも歩いてる方が楽で
カラカラ短時間歩行を繰り返していた

背中から入れてる痛み止の点滴は明日外せると言う事で
前日の今日は痛み止の錠剤と併用すると言う

昨日までは水分をとるのが苦痛まではいかないが
苦しくて 嫌だったが
何となく今日は まだましだ

渡された痛み止と胃薬を水で流し込む事ができた
術後2日目にしては 結構歩いていて
看護師や、ナースステーションに居る医師に

「頑張って歩いてますね」p(^^)q と
褒められる程....

お腹が苦しいだけです....(;´д`)

携帯片手にへっぴり腰で家族と職場の人間に電話をしました

術後2日目で電話まで出来るとは思わなかった

昨日よりは今日 今日よりは明日

そう 前向きに考える事が出来た

パートナーさんに洗剤を持ってきてもらい
初めてのお洗濯&乾燥機
洗濯出来るからと 必用最低限の着替えとタオル類しか持ってきてなかった為
主婦には【勿体ない】と思うような量で洗濯をする為に400円使う(; ̄ー ̄A

あまりにもちょこちょこ歩くので
点滴を時間でキッチリ落とす為に使われる機械が充電不足になり
少し自粛( ;∀;)

でも、看護師に
「フル満の機械あったら交換して下さい」と告げ見事getヽ( ̄▽ ̄)ノ

また ちょこちょこ歩くを繰り返した
狙いもあった。

これで疲れさせて今日こそ睡眠を充分にとりたいという。

看護師が「眠剤飲みますか?」と聞いてきたので

『今日は飲まずにに居てみます』と応えて いざ
消灯

やはり2時間位で目が覚める

夜中なので、歩きまわる訳にいかず 耐えた・゜・(つД`)・゜・

明日は....やはり貰おう(┬┬_┬┬)



《記録》4月11日 術後3日目

やはり 昨日より今日だ。だがしかし、それは傷口の事(@ ̄□ ̄@;)!!

昨日あまりにもへっぴり腰で歩き過ぎた為に腰が痛くてどーしよーもない
背中から入れてあった点滴の痛み止を抜いたから更にΣ(ノд<)

錠剤と消炎鎮痛剤のモーラスを出してもらい貼る
今日からシャワー解禁だったが 腰痛悪化で断念(。´Д⊂)

そして そして、お隣さんが退院して行った

とても過ごしやすい方だっただけに
直ぐに隣に入院して来た方とのギャップに悩んだ(--;)


隣に新しく入院に来た方は抗がん剤投与の為の入院の方
馴れた口調で看護師と会話していて
窓際の私のテリトリーまでズカズカ入ってきて
窓のカーテン(レース)をシャーっと開ける

そして一言

「暑いわよね?」「ちょっとカーテンあけると冷えて調度いいでしょ」と

.....いや 私は寒いが....


面倒なオバハンが来てしまった┐( ̄ヘ ̄)┌

オバハンはテレビをイヤホンなしでみる...
オバハンはズカズカ入ってくる
オバハンはガンガン話し掛ける
オバハンは抗がん剤の副作用もガンガン喋る


ガッツリ ルール違反


腰痛ダウンなんて言ってられない
携帯片手に 電話スペースに異動

子供達の声を聞き精神を安定させた

いつも「うるさい!少しは大人しくしてなさい!」等と怒ったりしてたが
今は私の精神安定剤
普段 贅沢な毎日を送ってたんだなぁと 気付かせて貰った

ありがとう。我が子供達。


今日はオバハンのイビキもあり、素直に看護師に眠剤をもらう
その際、今までの眠剤では効き目が無い事を伝え 違う眠剤を処方して貰った

期待しながら早目に就寝
目が覚めたのは2:30....
それでも、22時に寝たので4時間半は熟睡出来た
体は少し楽になった



《記録》4月12日 術後4日目

実は...術後まだお通じが出ていない(; ̄ー ̄A
お腹に溜まってるリンパ液も苦しいが
お通じも出ないので余計苦しいらしい
朝から冷えた飲み物飲んで腸に刺激を与えてみた。
かわいいと思う位にゴロゴロいって動いてる....が、出ない(´Д`)
マグネシウムを処方され飲む


頑張るって事は(言葉は)余裕がある時にはじめて使える事(言葉)って知った
大丈夫!
今日はもう少し...
いや!
まだまだ頑張れるぞ!!p(^^)q


お隣さん、週末だけ抗がん剤うちに来てる方で明日には退院なんだヽ( ̄▽ ̄)ノ ←不謹慎だけど本音です




入院中の精神状態は隣の患者によって少なからず左右される!



4月10日~12日までの記録



《記録》

4月7日 入院日 (手術前日)


パートナーの車に乗車予定だったが
どうしても抜けられない予定が重なり
タクシーで向かう事になった

結果《呼びつけ代》含め4千6百円位だったが
タクシー内での運転手さんの愚痴をずっと聞いてあげていた為に
気分良くなった運転手さんに
「4千円でいいよ!」とキップをきらせたp(^^)q
「お釣りはとっといて」と
言った事はあったがまけて貰ったのは初めての経験だった

さぁみなさん 私に愚痴をはきなさい
そして私に貢ぎ物を....


タクシー内でのやり取り(ほぼ一方的な愚痴)はまた今度いつか


あ、ひとつだけ紹介するわね


運転手「4千円でいいよ!」

エードリ『え?本当に?』

運「あぁ!いいさ!」

エ『ありがとうございます』

運「お見舞いかい?」

エ『いえ!私なんです』

運「え?」

エ『ふふふ』

運「大丈夫さ!俺もここにお世話になったんだよ」

エ『え?運転手さんも?』

運「あぁそうさ。次は8月に来る(外来)予定だよ」

エ『そーなんだ。(社会復帰出来てて)良かったね』














運「お客さんも大丈夫だよ!」



エ『うん。ありがとう。』














運「大丈夫」




そう言って貰って 私はタクシーから降りました



いざ!
キャリーをガラガラ引っ張り受付を済ませようとセンターに入ると
10時入院患者がうじゃうじゃ
また番号札 45番

時間は9時45分頃なのに うじゃうじゃ

薬剤師に持ってる薬を預け、現在の体調等を聞かれる


私的には 何の意味があるのだろう
入院してから病棟看護師に渡せばいいだけだろ
と思う行為だが

役割分担を決めて各スタッフの負担を分散しているのでしょうね


あまりにも 同じ日に入院する人がいてびっくりするが
2人にひとりはガンになると言われている昨今
納得と言えば納得

自分は大丈夫!だなんて思わずに
ちゃんと検診、健康診断は受けてね と 今からだけど
世間に向けて発信して行きたいと思ってます



待ってる時間で売店で飲み物をかい、
持参していた筋子のオニギリおにぎりを食べて
食後の薬を飲める程の余裕


入院するのにもここは待たされる┐(-。ー;)┌


結局病棟に上がれたのは11時過ぎだった


しかも、12時に昼食がでた

....お粥が....


(; ̄ー ̄A さっき 筋子食っちゃったけど


検査や入院説明やらチョイチョイバタバタしながら
そのうちパートナーが来たので
一緒に主治医から(私はもう一度)手術の説明をきく

パートナーに以前
「摘出した子宮を確認するか?」と 聞いた時に

『する』と 言う応えが返って来てはいたのだが


実は 見てほしくない と 言う思いがあり
それを打ち明けた


納得してもらい、それを後から主治医に伝えました


夕方近くまでパジャマには着替えず
うろうろしてた

怖かったから。


2人部屋のもう一人の患者さんは
術後5日目の方で点滴も管も無くて
さくさく歩いてる
やたら話しかけて来る人でも無く 過ごしやすそうな人で安心


入院して直ぐに下剤を飲むように言われていたので
お腹ゴロゴロでトイレとも仲良くなってた

看護師に
「夜眠れないようなら眠剤飲みますか?」と 言われたけど
飲まずに就寝



《記録》 4月8日 手術日
術着に着替えて徒歩でエレベーターに向かう
割りと間抜けな光景だった

麻酔をするまでの間に一気に人がわちゃわちゃ機械つけたり
点滴の針挿したりするから
パニックになりかけ

「少し起き上がっていいですか?」と 中断させてしまった

看護師さんの胸を借り少し泣いた後

「呼吸がうまく出来ません」と息苦しさを訴えて














『エードリさん。起きてくださーい。』
『手術無事終わりましたよー』



を聞いた.......






息苦しいと訴えて
手術終わったと言われて

軽く頭こんがらがったが
術後のGICUに居る私は
そうかんの後で声が出しずらく
森進一のような声で 腹式呼吸で『はい』と応えるのがやっとだった



手術後目覚めたのが16時頃
ここから 長い間 短時間睡眠を繰り返し

まだこんな時間
まだ30分しか経ってない
まだ1時間しか経ってない
を繰り返し 長い長い8日を過ごす

途中看護師が来ては検温や何やらやるのだが
その度に私が起きてるので
看護師が 眠剤を使ってくれたが
やはり2時間で目が覚める

本当に長かった




《記録》4月9日 術後1日

朝 蒸しタオルを渡され 顔を拭いた
閉所パニック持ちなのでGICUでの個室はもう爆発寸前
タオルで顔拭くだけでも息苦しさ

歯磨きをしましょうとの事で
看護師が歯ブラシの毛と同じ長さで歯みがき粉を付けたので

殺すきか!と内心吠えた
寝ながらの歯磨きで寝ながらのうがい

めっさうがいせなあかんやん!
首だけ持ち上げて ブクブクぺ しなきゃならんのに
んな歯みがき粉つけられたら
ぺっ する前に溺れるわo(`^´*)

普段から、歯みがき粉は歯ブラシの毛の先にチョイしかつけないオイラには拷問だったので


素直に正直に

『その上に乗ってる歯みがき粉落として下さい』と言った(笑)


お昼前には一旦起き上がり
点滴と管を付けたまま
看護師に支えられながら
ゆっくりGICU内を歩く


問題無かったので
一般病棟に移る事が決定
昼食は病室で重湯やゼリーがでた


.....くえねぇ




昼過ぎには今度は病棟内を看護師付き添いの下 歩く


9日も、術後のGICU同様 時間が過ぎるのが長く長く長く感じた


睡眠がうまく取れなくて看護師が眠剤を持って来てくれたが やはり2時間....


とにかく 長い長い長い長い時間だった



仕事や家事、育児、日常に終われてる時の24時間はあんなに短く感じるのに
同じ時間だとは思えなかった

考える時間はたっぷりあったが
妄想する気力がなく
初めて 妄想するには心の安定と共に気力が必用だったんだと自覚した



妄想出来る人は心が元気な人!




4月7日~4月9日までの記録

とりま
術後何とか歩けるようになりました。

また記録として残しますが

とりま。 


昨日よりは今日
今日よりは明日
明日よりは明後日

きっと良くなってるp(^^)q