2019年4月に病院で入院し、輸血、点滴をしてようやく復活。退院。
そうそう。3月ですが、大好きだった僕のじいちゃんが天国に旅立ったので、故郷である新潟に何度か行きました。
あの世に行く前に一目会えたので、よかった。
死の前って、穏やかになるんですね。仲直りといって、この世で仲悪かった人と最後に仲直りしてからあの世に行くようで、
それが亡くなる前日だとか。
その日、僕は一日じいちゃんと一緒にいました。あまりに穏やかだったので、もう少し大丈夫そうだなと思って、妻のことも気になるし、一旦神奈川へ帰りました。
しかし、その夜中、亡くなったと母から連絡が。
次の日の朝、新潟に再度向かい、冷たくなったじいちゃんにお別れをして、お通夜、告別式、火葬まで一緒にいました。
妻の状態もよくないし、じいちゃんもこんなだしで、もういい加減にしてくれ~と自分の人生を呪いました。
あの時もよくがんばったな~と自分で自分を褒めてやろうと思います。
それから、妻は元気になったり、体調崩したりを繰り返しながら、なんとか色んな治療を受けていきます。
中でも昨年末から受けている整体にはよく通いました。途中から、友達も一緒に通うことに。友達もガンだそうで妻より全然状態はいいのですが、病院に検査いかないのではっきりしたことはわかりませんでした。
しかし、どんどん症状が悪化していき、8月にその友達は亡くなりました。もっといろんなサポートしてあげられたんじゃないかなどすごく悔しかったですね。
他にも病気の相談を受けた友達もその前日に亡くなったり、周りで亡くなる方が増えます。
そして、もう一人、友人が亡くなりました。その友人も病気の相談を少し受けていたのでした。
すっかり、僕らは意気消沈というか、今まで僕らがいいと思ってきたことは何だったのだろうと思わされました。
病院がダメ、自然療法、東洋医学など病院以外のものでいいものと思っていたものが、
やっぱりその人に合う合わないがあり、なんでも絶対受けるべきとかそういうものはないのだな~と悉く実感。
自分たちの中の常識が覆りました。
そして、妻は、どんどん身体が変化していきました。色んなところに痛みが出てきたり、めまいだったり、吐き気だったり、
繰り返されます。今まで摂ってきた薬が抜けるときの作用だそうで、これは耐えるしかないのです。
しかしその耐えることがとっても苦しい。本人が一番苦しいでしょう。
よく耐えています。
2019年10月、尿管ステントは半年に一度交換。なのですが、半年以上ほっぽっていたら、痛みが出始めました。
ステントの詰りです。これは激痛なのだそう。
すぐに病院に連れていき、交換の準備。以前、麻酔も身体への負担が大きいと聞いていたので、麻酔なしでステントを交換することに。
そして、尿管が狭くなってしまい、ステントが入らなかったら、腎ロウに切り替えますとのこと。
ここ最近の治療は過去に摂った薬を抜くので、抗がん剤が抜けると抑えていたガンがまた大きくなるそうです。
なので、尿管が狭くなるのは当然。
なんとか通ってくれ~と必死に祈る。
夕方、手術が始まった。
とたんに妻の悲鳴が廊下に響き渡る。恐ろしいほどの悲鳴。それほど痛いのだ。
意識を失ってくれれば楽なのに、そこまではいかない。
待っているこっちも辛い。必死に祈る。自分や妻のご先祖様に祈る。じいちゃんに祈る。
病院の土地を守って来てくれた方々に祈る。病院の経営者のご先祖に祈る。もう神様でも仏様でも何でもいいから、助けてくれー
って必死に必死に祈った。
1時間後、悲鳴がやみ、終わりましたと、先生方。
通ったのか通らなかったのか、教えてほしいと思いながらも聞けずに待つ。
妻と主治医とでてきて、無事通りました!と。
ほっっっっっっっっっっと一息。
よかった~~~~~~~。
これで半年間は大丈夫だ。次は2020年4月か。