バカで弱い自分を認めたくない。
不安の原因が見え、「なんだ!そんなことか」と笑えた。
振り返ると「こうじゃなきゃいけない」という沢山のマイルールに気づく。
弱くていい。そのままで大丈夫。と人には思うのに。
心配が趣味だよね。まだ起きてもいないのに…と指摘を受け、安心とかけ離れた幼少を経た今、実際は心ある人の中で生かされ、いかに安心して暮らせているかをコロナのお陰で知る。
自己肯定感の低さから、認められようと人の意見に流され、苦しくなる傾向があるが、認めて貰う必要などなく、ただ自分が心地よいからやるだけ。
自分が自分を理解し、自分を愛し、安心して暮らすこと。
いやいや、せっかくだからお笑い芸人のように、自分の弱さ、不完全さも笑いのネタにしていこう(笑)
それにしても…
必要なものを感じて自然に補い合ったり、そのことでまた幸せを感じたり、人間って素敵だなーと、最近よく思う。
自分のことは見えにくい。だからこそ、人の存在が有難い。
コロナの影響で職を失ったり、収入が減ったりの今こそ、欲をトコトン掘り下げた究極の欲として、安心して誰もが笑って暮らせる世界はできないだろうか?
そう思いつつ、二十歳くらいから考えが成長していない自分に嫌気が差す。
沢山の愛を受けとるばかりで、恥ずかしくもあるが、心が癒えるまでに必要な時間だったと思い直す。
けれど、宇多田ヒカルの『嵐の女神』https://youtu.be/EmyX8hsL1PEの歌詞のように「与えられるものじゃなく、与えるもの。どうして私は待ってばかりいたんだろう…」と今は思う。
行動しなければ、望む世界は訪れないのに…
そう思いヒントを探す中、お金のいらない世界について、かなり興味深い記事を発見してしまった↓