「私から私たちへ」

 

どうして

「私から私たち」

なのか。

 

今の社会は大きくなりすぎて

巨大な獣のようなものである。

人々の意思とは無関係に

自らで動き回わり、

飼いならすこともできないほど

おおきくなってしまった。

あまりに大きくて人は自分の命とか幸福を

自分で守ることを忘れるほどで

正しい、正しくないの尺度もこの巨獣のなかにあるかのようだ。

 

人々は

従順にしたがっていくしかない。

 

それが戦争に進む道であっても。

 

今回の騒動で痛いほど、

このことが

胸に突き刺ささった。

 

どうしてそうなのかわからない。

かって恐竜が大きくなりすぎて滅んでしまったように

人間は頭が大きくなりすぎて、自分で考えるという

ことができなくなってしまったからかもしれない。

 

他人の眼や社会のきまりに縛られすぎた

からかもしれない。

 

でも、このことを

悲しんだり嘆いたりはしてない。

 

人類が滅びても地球や宇宙は何も困らない。

どのように始まったかわからない宇宙はいまだに大きく

膨張し続けている。

人類の歴史はその中のほんの一瞬だろう。

すべての運命は宇宙によって定められている

のかもしれない。

 

今日も朝がきた。

陽が眩しい。

 

どのように生きるか。

 

「自分らしく」

 

宇宙から地球を見た

宇宙飛行士は自分のことを

よぶのに私から私たちになったという。

 

私ではなく

私たちとして考える。

 

もともと

すべてはひとつとして

私たちとして

あるのではないだろうか。

 

わたしの見方が

かわることで

 

私の中に

新しい世界がひろがっていく

のを希う。

少しわくわくする。