NLPトレーナーの高梨です。
かつて住んでいた街の近くに
用事があって、懐かしい場所に
行ってきました。
東京・北品川。
10年ほど前までこの地で
レンタルビデオのバイトをしていました。
整体院で修行をしながら。
あったあった、いつも行っていた
弁当屋さん。
まだ変わらずにやっている。
毎朝、まずバイト先に寄って
前日の売上を金庫から出す。
それを銀行に預けに行くのだが
その前にここでハン唐弁当、すなわち
ハンバーグと唐揚げの弁当か焼肉弁当、
どっちかを注文。
銀行に行ったあとで弁当を受け取り
バイト先に戻ってオープンまでに
その弁当を食べ終える。
それが日課だった。
懐かしいな…
もう10年くらい前の話。
店員さんも同時のまま。
「お母さん」と呼びたくなるような
いかにもお母さん然とした風貌の
女性。
10年前から全く変わっていない。
弁当を渡すときに
「いつもありがとうございます」と
言っていた、あの頃のまま。
あの頃、お金がなかった。
バイトと修行。
食っていくので精一杯だった。
若い分、とにかく腹が減る。
ここの弁当は量の割に安く、500円で
お腹いっぱい食べられる。
しかも、うまい。
毎朝「お母さん」の弁当を食べていた。
当時の私は今ほどフランクな男では
なく、コミュニケーションをとるのが
そんなに得意ではなかった。
ほぼ毎日のようにこのお母さんに
会うのに、ほとんど話したことが
なかった。
きっとお母さんも私と同種なんだろう。
二回だけ、話したことがあるのを
覚えている。
一度目は、弁当屋のラジオから
聞こえてきた、八木節音頭。
故郷の歌だ。
そのときお母さんに
「この曲、故郷の歌なんですよ」
と言った。
ひょっとすると、当時ものすごく
悩んでいて、故郷の歌を聞いて無性に
誰かと話したくなったのかもしれないし
ルンルン気分でものすごくテンションが
上がっていてついつい話しかけちゃった
のかもしれない。
自分がなぜ、そんなことをしたのかは
覚えていないが、お母さんが
「あら、そうなんですか。
遠いところから来てるんですね。
群馬だか栃木だかの曲ですよね」
と言ってくれたのは、覚えている。
二回目は、東京を去るとき。
このときのことは、よく覚えている。
いつもお世話になっていたお母さんに
どうしても「ありがとう」を
伝えたかったのだ。
センチメンタルになっていた。
住み慣れた土地を離れ、故郷に戻る。
東京には7年ほど住んでいた。
7年という歳月は、そこを愛するように
なるのに十分な年月だ。
関わってくれた人たちに「さよなら」
を言いたかった。
もう、戻ってこられない気がしていた。
「あの…明日から故郷に帰るんです。
いつも美味しいお弁当を作って
くださって、ありがとうございました」
お母さんはにっこりと
「あら、そうなんですか。
いつもありがとうございました。
がんばってくださいね」
と言ってくれた。
何だかとっても、励まされたのを
覚えている。
素直に、がんばろうと思った。
あれから10年近く経って、はじめて
そこを訪れる。
久しぶりに、かつて慣れ親しんだ弁当を
食べる。
味が変わっていないか、心配だ。
経営権を悪い人に譲ったりして
めちゃくちゃ利潤追求主義になって
いるかもしれない。
でも値段、変わってない。
相変わらず安い。
ハン唐弁当にするか
焼肉弁当にするか、本気で迷った。
ここはひとつ、量の多いハン唐弁当で
勝負だ。
しかも大盛りで。
20代のときのように
がっついてやる。
お母さんに話しかけようと思った。
でもお客さんいっぱい来ていて
お店忙しそう。
うーん、どうしよう。
迷惑かな。
覚えられていなかったらどうしよう。
帽子かぶってるし、脱いでも
髪型がだいぶ変わっちゃったし
なんだか恥ずかしいな。
いろいろな想いが心を駆け巡る。
コミュニケーションの講師なんて
やっていても、こういうときは
髪のあった20代に戻る。
結局、話しかけられなかった。
「ハン唐弁当、大盛りください」
それしか言えなかった。
でもお母さん、
「いつもありがとうございます」と
言ってくれた。
にっこりと。
10年前と変わらない笑顔で。
もちろん、接客用語だと分かっている。
でもその一瞬、バカバカしいと
思われるかもしれないけど
本当にあの頃に戻ったような気がした。
いつもお金がなくて
いつも腹を空かせていて
実力もないのに言うことは一丁前で
夢と希望と不安しかなかったあの頃。
この10年、本当にいろいろなことが
あった。
挫折も栄光もあった。
でも、あの頃と何ひとつ変わらないものが
ここにある。
家に帰って、弁当を食べる。
車の中で食べようと思ったのだが
ここはお母さんに敬意を払いたい。
少しでも長く、あの頃を味わいたい。
…やっぱり、うまい。
出来合いだろうがなんだろうが
うまいものはうまい。
思い出補正も入っているのかもしれない。
が、値段の割にとてもうまい弁当の
部類に入る味だ。
なんというか、男の子が好きそうな味。
ハンバーグと唐揚げのダブル肉。
こってり×こってり。
豪華ダブルキャストの競艶だ。
胃にズシンと体当たりしてくる。
活力という概念を食べものにしたら
こういうものになるのだろう。
あれから、様々なうまいものを
食べてきた。
自腹で神戸牛も食べられるようにも
なったし、その気になりさえすれば
フランス料理や懐石料理だって
予約してもいい。
この世は、うまいもので溢れている。
金を出せば、うまいものは食える。
でも、ここの弁当は「ここの弁当」
としか形容のしようがない。
私にとっては、夢と希望と不安の
味なのだ。
今だって、夢と希望と不安で
いっぱいだ。
ただ、目標とモチベーションと
肯定的な意図と、言い方が変わった
だけで。
変わった部分もあるが
何ひとつ変わらない自分もここにいる。
それに私はまだ、過去に浸るような
歳でもない。
ハン唐弁当ご飯大盛りだって
へっちゃらだ。
全然もたれていない。
まだまだいける。
まだまだ、これから。
お母さんの弁当屋、また行こう。
幸いにもまた、近くを通る予定がある。
次行ったときは、お母さんに話しかけよう。
覚えていても、覚えていなくても。
そして焼肉弁当を注文する。
過去を食って、現在の栄養にするんだ。
そういう楽しみも、ありじゃないか。



