1992年9月、毎月第2土曜日を休みにする学校5日制が9月からスタートしました。
昭和50年代後半から臨教審で議論
5日制が何か突然に降ってわいてきたような印象を持つ人が多かったですが、この制度は、昭和50年代後半に各界各層の意見を集約する組織として生まれた臨時教育審議会ですでに論議されてきました。
高学歴志向の一方で、非行が増加するなど教育の様々な行き詰まりを背景に、まず、21世紀に向けての教育のあり方をどうするかが協議されました。そこから、家庭教育、社会教育のあり方をもう一度問い直してみることはできないかという視点が生まれました。
具体的にその場で論議されたのが、学校5日制、入試の改革、飛び級などの教育課題で、1992年度からはそのうち学校5日制への取り組みが始まることになったわけです。
学習の主役は子供
小学校で1992年春から本格的にスタートした新学習指導要領の内容を見ると、5日制の意義や考え方もよく見えました。
新しい指導要領では、先生の方から子供に知識を与え、それを記憶させていくという受動的なたたずまいから、子供たちが個々に課題をもって取り組んでいくという形に学習形態が大きく転換しました。
学習の主役は子供であって、先生は主役を助けるという役割がこれまで以上に強まりました。5日制もまさに、子供が主体的に生きていく力を育てるためにあるととらえられました。
人間の膨らみを育む
例えば、天体の勉強をする場合でも、学校では実際に夜の空を観察することはできません。プラネタリウムや模型などを使って学ぶしかありませんでした。
しかし、これが家庭なら、お父さんやお母さんと一緒に休みの日に夜空を実際に仰ぎ見ることができます。そこから子供の感性が豊かに育っていくでしょう。プラネタリウムでは育めない力が大自然の中にはあります。
子供が学校で学んだことを、実際に地域や家庭、自然の中で体験しながら子供の心や頭の中で育てていくことができます。その中から新しい教育効果を引き出し、人間の膨らみを育むというのが、5日制の意義でした。