「ねぇ、最近、なんだか元気ないじゃない?」
そう言って笑った彼女は、会社の後輩だった。年下で、よく笑い、無邪気なふりが上手な女(ひと)。
俺には妻がいる。結婚して12年、子どもはいないが、静かで平穏な毎日を送っていた――つもりだった。
しかし、ある日を境に、平穏は音を立てて崩れ始めた。
彼女との関係は、最初はただの愚痴だった。上司のこと、家庭のこと、将来のこと。気づけば週に一度はふたりで飲みに行くようになり、やがてそのままホテルに行くのが習慣になった。
最初の夜、俺は怖かった。
体が、思うように動かない。若い頃なら考えられないことだ。彼女の体に触れようとしても、下半身がまるで他人のようだった。
「…大丈夫。無理しないで」
彼女のその優しさが、余計に情けなかった。
それから俺は、ネットで調べた。「ED」「原因」「解決法」「不倫 バレたら」。検索履歴はどす黒い秘密そのものだった。
そして、見つけたのが「バイアグラ」だった。
最初の一錠は、罪悪感と期待の入り混じった味がした。
服用から30分後、まるで別人になったように体が反応しはじめた。鏡の中の自分が、少しだけ自信に満ちて見えた。
彼女は驚き、そして微笑んだ。
「今日の先輩、ちょっと違うかも」
それから数ヶ月、俺はバイアグラをポケットにしのばせながら、彼女との逢瀬を重ねた。バレないように。日常に戻れるように。妻に疑われないように。
けれど、そんな生活が長く続くはずもなかった。
ある夜、家に帰ると、テーブルの上に青い錠剤とメモが置かれていた。
「あなたのポケットから見つけました。これは誰のための薬ですか?」
心臓が凍りついた。
静かな部屋に、時計の秒針だけが響いていた。

