小さい頃私は欲しい物が分からない子供だった


何でも買ってあげるよって言ってくれるおじいちゃんに

弟はすかさず

これが欲しいと言って

たくさんのおもちゃを持って来ていた

それを見たおじいちゃんは嬉しそうに買ってあげていた


私は言えなかった

何でもいいからこれが欲しい!って言ったら

おじいちゃんが喜ぶのはわかっていた

でもわからなかった


お母さんから何が飲みたい?と聞かれて

なんでもいいよって言うのがいつもだった

それで一度怒られたことがある


友達が欲しいものは必ず先に譲った

別にどれでもよかったから


私は自分がなかった

なんでもよかった


なくなったジグソーパズルの空いた空間だと感じていた



それがどうやって今と関係があるのかは分からない

でも、そんな子供だった

という本を読みました。


ローリー・アシュナー ミッチ・マイヤーソン著

when is enough, enough?

という英語題



手に入れたいと思ったものを手に入れても、すぐに不安になる

自分が認められていないと思う反面、褒められると不安になる

人並みの成功では物足りない、人並みとは失敗と同じだ

他人に頼るのがぬ画手。必要以上に自分を責める

過去に味わった失望を無意識のうちに繰り返している。

不安や憂鬱を感じるのはいつものこと、慣れっこになっている



ぐさり、ぐさりです


でも気をつけないといけないのは

当てはまる当てはまるうちはまだいいけれど


当てはまらそう当てはまらそうにならないことです


ひとはおそらく無意識のうちに自分をそれを当てはめて考えてしまう



医者になろうとする研修医が参考書を読んでいて

自分を症状と当てはめてしまうという現象が発見されているらしい



参考書はあくまで参考書

参考書に染められてはいけません


わたしがだって、そうだから

7年も毎日吐きつづけて

風邪のときも、喉が痛いときも、試験前も

骨折って入院してた時も


あほですよねーーー

いやぁーそのエネルギーを違うとこに使ったら

どんだけすごいことができてるか

毎日500円の過食をしてたら

1ヶ月15000円で1年で180000円

7年で1260000円。。。。。はっwww

あほですよまぢで


でも、このエネルギーと金額が違う使い方をされるのが

少し楽しみですけども



って言えてる私はだいぶ回復に向かってるんだろうなぁー

でもなかなかやめれません

だからやっぱ病院行こうと思います


京都にすごい先生いるみたい

日本摂食障害協会の会長さん

めちゃめちゃ顔が優しそう


今週はテストだけど

テストの合間をぬって行って来ます


なんてったって8月2日から家族旅行で

ドイツに・・・・


どんだけ食べなきゃいけないんだろう

ってちょっと鬱