お久しぶりです。ささてるです。
と言っても特に誰かに向けての言葉ではありません。
自分のブログに対して、何らかの区切りとしての「お久しぶりです」。
実に3年と6ヶ月ぶりの投稿となります。あの頃高校生だった私も今では大学4年となり、世間でいわれる就活にいそしんでおります。高校生だった私は前回の記事でどうやらかぼちゃを模したクッキーを作っていたみたいですが恥ずかしい内容、文体にただただ赤面する私です。
さて、再びブログを始めたのは先日思ったことを自分の中で落とし込めたので文字にしておこうと思った故です。以下悩める就活生の戯言となります。
「私」とは何なのでしょうか。私の普段の一人称は「僕」ですが、この際なんでもいいです。俺、僕、私とは一体何者なのでしょうか。例えば名前があり、例えば料理が得意だったり。名前と特技が一致すれば私なのでしょうか、違いますよね。しかし、もし世界中の人々の容姿が同じになった時、あなたは自分を証明できるでしょうか。あやしいです。
「お前の代わりはいくらでもいる」というフレーズがあります。使い古されたらフレーズです。マニュアル化が進み、誰でも仕事をこなすことができるようになり生まれたフレーズです。「仕事をする上で自己など不要。ノルマを如何にこなすかが重要」と言われているようです。
ただ、一部の職業に携わっている人には当てはまらないかも知れません。ピカソの代わりはいないし、ポールマッカートニーの代わりもいません。灰谷健次郎の代わりもいなければウサインボルトの代わりもいません。この人たちは仕事の中で自己証明ができた人です。「仕事の中で自己証明ができた」これだけの違いです。
自分にしかできない仕事というものはどんな職業にもあると思います。誰にでもできる仕事の中にもそれはあります。
しかし、私は誰にでもできる仕事にはつきたくありません。せめて何か自分を表現できるものがよいです。なので、そうですね。つまり、就活やめました。しばらくふらふらします。
と言っても特に誰かに向けての言葉ではありません。
自分のブログに対して、何らかの区切りとしての「お久しぶりです」。
実に3年と6ヶ月ぶりの投稿となります。あの頃高校生だった私も今では大学4年となり、世間でいわれる就活にいそしんでおります。高校生だった私は前回の記事でどうやらかぼちゃを模したクッキーを作っていたみたいですが恥ずかしい内容、文体にただただ赤面する私です。
さて、再びブログを始めたのは先日思ったことを自分の中で落とし込めたので文字にしておこうと思った故です。以下悩める就活生の戯言となります。
「私」とは何なのでしょうか。私の普段の一人称は「僕」ですが、この際なんでもいいです。俺、僕、私とは一体何者なのでしょうか。例えば名前があり、例えば料理が得意だったり。名前と特技が一致すれば私なのでしょうか、違いますよね。しかし、もし世界中の人々の容姿が同じになった時、あなたは自分を証明できるでしょうか。あやしいです。
「お前の代わりはいくらでもいる」というフレーズがあります。使い古されたらフレーズです。マニュアル化が進み、誰でも仕事をこなすことができるようになり生まれたフレーズです。「仕事をする上で自己など不要。ノルマを如何にこなすかが重要」と言われているようです。
ただ、一部の職業に携わっている人には当てはまらないかも知れません。ピカソの代わりはいないし、ポールマッカートニーの代わりもいません。灰谷健次郎の代わりもいなければウサインボルトの代わりもいません。この人たちは仕事の中で自己証明ができた人です。「仕事の中で自己証明ができた」これだけの違いです。
自分にしかできない仕事というものはどんな職業にもあると思います。誰にでもできる仕事の中にもそれはあります。
しかし、私は誰にでもできる仕事にはつきたくありません。せめて何か自分を表現できるものがよいです。なので、そうですね。つまり、就活やめました。しばらくふらふらします。




