おはようございます 江戸散歩です

建物散歩で日本橋の建物をあちこち回った後はここ八重洲に出てきました

今回は久し振りに「江戸城を歩く」をしてきました




今回訪れたのは呉服橋付近にある江戸幕府の遺構である北町奉行所跡です




右端にあるのが江戸城の外郭である外掘です

そこにあるのが呉服橋御門です




この写真は明治初期の呉服橋御門です
この中は江戸城となり、そこには北町奉行所がありました



現代の場所は東京駅八重洲付近の丸の内トラストタワーN館の遊歩道辺りです


江戸町奉行は江戸幕府の職制で寺社奉行、勘定奉行とともに三奉行の一つとしての役割がありました


江戸幕府はこれを重視し、老中の支配下に置きました
町奉行は配下の本所奉行、道役、小伝馬町牢屋、寄場奉行、町年寄を指揮し、
その範囲は江戸御府内の行政、司法、警察のいっさいに及んだそうです 


定員は二名で、南北両奉行所に別れ月番で、交替に執務していました

原則として旗本がこれに任命の上座、輩下に与力、同心がいたそうです





シャングリラホテル東京から入っていきます

既に紫陽花の下には石垣があります
この辺りから江戸時代の雰囲気が出ています




この道が丸の内トラストタワーへ続いています
石垣が延々と続いていますね






ここに再現した石積みは、かつて存在した外堀をイメージしたもので、その一部には鍛冶橋門周辺で発見された堀石垣を使用し、ほぼ当時の形で積み直しています
石垣の表面は、築かれた当時の石を割った矢穴が見られます





北町奉行所跡発掘当時の模様も紹介されている石碑です




緑に囲まれたこの場所が発掘場所となっているようです


北町奉行所には遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元が任務にあたっていました

テレビや芝居のように刺青を入れ派手な活躍ではなかったようですが、
一般庶民から親しみられていたのは間違いないようです



南町奉行所は有楽町駅の南側で、マリオンの北側一帯がかっての場所であったといわれ、
名奉行大岡越前守忠相(任期は享保二年(1715)二月~元文元年(1736)八月)も南町奉行の一人であった。




人通りが少ないので寂しい感じがしますが、見落とししない様注意しないといけないですね


この歩道の終点は永代通りとなっています



久し振りに江戸城の遺構が残った場所に行ってみました







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