東日本大地震・・・2日目。
地震から2日目の土曜日。
今日も仕事に行かなければなりません。
電話が使えないので、保育園を休園にもできず。。。
子供がきます。そして、この余震の中、子供を守らなければなりません。
私が担当の出勤でしたが、
被害の少なかった先生が、交代で来てくれました。
そのため、自宅の様子を再度見に行くことができました。
ようやく、電気が回復、ガスも戻りました。
そして、自宅の中の片付けを。
片付けている中でも、余震が続き、とても怖い状態。
また、あの大きな地震が来るのだろうかと・・・。
そして、瓦礫の臭さと、余震に酔ってしまい、
体調も悪くなりました。
電話は未だかかりづらく、友人の中には、
今回の被災地である宮城県に住んでいる友人もいます。
周りの友人に聞いても、連絡が未だ取れていないようです。
どうか無事でいて欲しい。
ただ、それを願うばかりです。
そして、私の友人以外にも、今回の地震で多くの方が亡くなり、
また、負傷者・行方不明者が多数。
一日も早く、平和な日本に。
東日本大震災・・・当日のこと
皆様。お久しぶりです。
私は北関東の人間です。
今回の地震の恐怖を生まれて、初めて体験しました。
地震直後は、保育園で仕事中。
地震が起きた瞬間、子供を抱きかかえ、まずは、ドアを開けました。
震度6強強い地震。
近所の子供持ちのお母様たちは、戸惑いながら、保育園を訪れました。
そうです。
今回の地震の起きた時間は14時45分。
幼稚園に通っている子供のお宅は、子供が家に帰ってきて頃くらいです。
なので、開いていた近所の保育園に駆け込んできたのだと思います。
私はちょうどこの日は遅番でした。
他のお宅のお母様方も次々と駆け込んできました。
落ち着くまでは、しばらく保育園ですごしました。
地震直後は、連絡がまったく取れない状態。
私の大切な人は無事なのだろうか。
それだけが、頭をよぎりました。
そして、メールでの連絡も途切れ途切れ。
やっと連絡がとれ、安心して、涙がでました。
そして、帰宅。
途中は停電で信号が消えていて、警察官が誘導。
しかし、警察官の数も信号機には足りず、消えたままの信号で、
互いに譲り合いならがの走行です。
なんとか、自宅にたどりつきましたが、
玄関を開けると、言葉が出ませんでした。
空き巣にでも入られたかのように、玄関の置きものは散乱。
キッチンの皿は割れ、電子レンジは壊れ、洗面台は水漏れ。
テレビは落ち、壁には亀裂。そして、壁の崩れた破片が所々に。
室内はコンクリートというか、崩れたものの、何とも言えない
異臭で咽が痛くなりました。

