2021 総括
今年は、無理して、1記事/日とは、しなかったので、当然だけど、350は、いかなかったけど、それでも、300は超えたアップ数なので、悪くはないかな。・・・実際の記事数とは、合わないけど、寺社巡りは、今年は、行けてなかったかな、と思いきや、何だかんだ、100は、超えていたらしく、逆に、意外と、多かったんだなと。外食は、70程度だから、年間50週程度なので、1店/週、位だから、こちらも、まあまあ、こんなものかなと。道の駅は、福島でも行ったけど、やっぱり、山梨/静岡の、富士山ツアーで、かなり行ったので、10は超えたし、献血も、目標の10回は、超えたし。・・・そもそも、今年は、震災から10年の節目の年。だから、福島にも、行ったのだけど、結果的には、行けてよかった。もちろん、死に場所を探すような感覚というか、そのために、行ったというよりは、行ってから、「もういいや。あれから10年、よく保ったよ。このまま消えても、自分も誰も、何も言わないよ。」という感じになって、親父のルーツは、山梨だけど、母のルーツは、まさにここ、福島だから、それも、アリじゃない?って、感情で、ほぼずっと、そんな感じ。・・・何だかんだと、救われる場面もあって、何とか、帰ってきてしまうと、またいつもの、日常が、強制的に、始まってしまうので、悶々としたままだったけど、ただ生きている日常が、戻ってくる。・・・ただ、転機は、夏。とあるトラブル、というか、会社のバカに、絡まれて、流石に、ウンザリで、もうこれ以上、協力してやる義理はないな、と次を見つけて、あっさりバイバイ。どれだけ、実績を作ってやったんだか、というのもあるけど、恩を仇で返すバカは、相手にしない主義だしね。で、次に移るまでに、ちょっとした空きが、できたので、その直前に起きた、伊豆の土砂崩れ事件に、災害ボラで、参加できなかった、悔しさを、埋めるように、それなら、金銭的な、間接的な「支援」という名目で、自分の気を紛らせようと、例の、富士山ツアーへ。なので、とにかく、今年は、動いた、泣いた、沈んだ。それでも、今年の一文字を、「貰」にしたのは、実際に、あれこれと、貰えたからだけど、そうした気分を、少しだけ、救い出してくれたから。・・・あの時も、そうだったけど、ドン底に、沈んでいた時に、結局、少しだけ、救い出されたのは、自分自身で、無理やり、忙しくして、暇さえあれば、どこかに出歩いていた事で、何とか、やり過ごした感じだけど、常に、何かの変化がある、変化がなければ、その分、日常の事で、自分を追い込む、そんな事さえあれば、何とか、やり過ごせる。何より、今は、(半)移住計画を、しようと、目標を、持てたので、とりあえずは、よいのかな、位に、考えてます。もちろん、最終的に、何もせずに、このままかもしれないけど、何かしら、持っているというのは、よいのかも、しれません。来年は、そのための、準備に、入る年になるけど、それが、できるように、なっただけでも、ありがたいし、また来年も、感謝の年に、できれば。・・・今年も、長々と、おつきあい、ありがとうございました。また来年も、お互いに、よき年になりますようにm(_ _)mよろしくお願いしますm(_ _)m